全3280文字
PR

 ファナックは、いかにして1969年という早い時期にモジュラー化の威力を知り得たのか。実は、その5年前の1964年に米IBMが汎用コンピューターの開発に初めてモジュラー化の思想を適用し、製品ファミリーというコンセプトを提唱していた。そのコンセプトに基づいて開発したメインフレーム「システム/360」は大きな成功を収めた。

 当時のファナックは富士通から独立する前で同社の一部門だったこともあり、経営陣は関連するコンピューター産業の動向に常に注意を払っていた。システム/360の成功とそれを支えた「製品ファミリー」「モジュラー化」といったコンセプトも知っていたに違いない。ファナックがモジュラー化の威力をコンピューター産業から学んでいたとしても不思議ではない。

 関連する他産業の動向を注意深く観察し、自社にない優れた技術やアイデアを素早く学ぶというファナックの経営行動は、その後も繰り返し観察される。例えば、これまで本コラムで説明してきた通り、ファナックはPC産業よりも早く米インテル(Intel)のMPUをNC(数値制御)装置に導入し、競争力を飛躍的に高めた。これが可能だったのは、台頭間もない半導体産業の技術潮流をつぶさに観察していたからだろう。人工知能(AI)ベンチャー企業のPreferred Networks(PFN)といち早く提携し、AI技術の導入を図っているのも、このような経営行動の一環として理解できる。

 話をモジュラー戦略に戻そう。モジュラー戦略の有効性は、技術体系に左右されない。1975年以降、MPUを搭載したNC装置が主力になると、制御のほとんどがソフトウエアで行われるようになり、ソフトウエアの重要性が高まる。NC装置のハードウエアはできるだけ共通化し、ソフトウエアで多種多様な機能を実現するという流れは一層強まった。技術体系がソフトウエアになったことで、モジュラー戦略のインパクトも大きくなったのである。

 ソフトウエアのモジュラー化で成功した典型例といえるのが、ファナックのNC装置「シリーズ0(ゼロ)」だ。シリーズ0は、1985年9月に量産出荷が始まった製品だが、それから30年以上が経過した現在でも販売は続いている。全世界のベストセラーNC装置といっても過言ではない。

 ベストセラーの原動力は、「オーダーメードマクロ」という新たな仕組みを作り上げたことにある。工作機械メーカーや最終ユーザーはこの仕組みを利用して、ファナックに依頼することなく、機械の特徴に合った独自の機能を、自由に作れるようになった。NC装置は、多種多様な工作機械に付加される故、元来は特注度合いの強い製品だという点を思い起こしてほしい。多様なニーズにいかにしてコストをかけずに対応できるのかという課題は、この産業において一貫する重要な課題であり、それを解決できる仕組みの構築は大きな意味を持っていた。