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 1カ月ほど前の7月9日、米国大統領候補だったロス・ペロー氏が89歳で永眠した。ペロー氏は1990年代、米大統領選に2度挑んだことで知られるが、IT業界においてはアウトソーシングなどITサービスビジネスの生みの親と呼んだほうがいいだろう。

 同氏が1962年に創業した米エレクトロニックデータシステムズ(EDS、現DXCテクノロジー)は米ガートナーのITサービスランキングで1994年まで世界1位の座をa堅持していた。

 ペロー氏は4歳年上だったコンピューターサービス(CSK、現SCSK)創業者の故・大川功氏と日本でITサービスの合弁事業を画策したことがあった。1984年に調印寸前で破談になった。ペロー氏は1986年にEDSを去り、1988年に米ペローシステムズを設立。同社とソフトバンクは1991年に折半出資で事業を日本で始めたが失敗に終わった。

 ペロー氏、大川氏、そしてペロー氏より27歳年下でソフトバンクを興した孫正義氏には創業者特有のカリスマ性があった。ペロー氏の名言「ビジネスの世界で2位はない、勝つか負けるかだけ」は大川氏や孫氏が言ってもおかしくない。

 EDSとCSKの合弁事業が破談になったのは、同時進行していた米ゼネラルモーターズ(GM)によるEDS買収が1984年に決まったため。ペロー氏から断りの連絡が大川氏のもとに来た。