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 ある寺院の住職からこんな話を聞いたことがある。「多くの人が『地獄の沙汰も金次第』の意味を誤解している。閻魔(えんま)様の裁きもお金で何とかなる、という意味ではない。本当は、死ぬまでに貯めたお金を世のため人のために使ってこいという意味。お金は稼ぐより使うほうが難しい」

 住職によれば、お金をどう稼いだかよりも、どう使ったかによって閻魔の裁きが決まるのだそうだ。要するに、お金が欲しいという煩悩よりも、お金を失いたくないという煩悩のほうが罪深く、妄執を生み人々を不幸にする。だから、得たお金は世のため人のためにうまく使いなさい。それが「地獄の沙汰も金次第」の教えというわけだ。

 私はこの話をあの世ではなく、この世での戒めと受け取った。それに、お金だけの問題ではあるまい。多くの人が地位や安定、名声などを失いたくないと思い迷う。当然、成功すればするほど、その傾向は強まる。お金や地位などを得たいとの望みは成長や挑戦の動力源となるが、一度得たものを失いたくないとの思いなら、守りに入り停滞などを招きかねない。

 もちろん、このことは人の集合体である企業などの組織や社会にも当てはまる。特に日本の戦後の歩みはその典型だろう。敗戦の廃虚の中から「豊かになりたい」と高度成長をひた走り、世界第2位の経済大国のいう望外の成功を収めた。しかしその結果、30年にわたる「平成の大停滞」を招いてしまうことになった。

 きっかけはバブル崩壊などの経済スランプだったのかもしれない。だが、長期の停滞を招いてしまったのは、大量生産を前提とする高度成長期のビジネスモデルや、終身雇用・年功序列といった雇用制度、人口増加を前提にした社会保障制度などにしがみつき、変革から目を背けてしまったことも大きな原因だろう。日本にとっての不幸は、そんな停滞の時代に世界でデジタル革命が始まったことである。