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 最近、テレワークの「意外な」効用に気づく機会があった。Twitterで知的作業の在り方についてツイートしたときのことだ。その内容は「知的作業で成果をあげるには、周りからは遊んでいるとしか見えないほど十分に検討・熟考する時間などが必要」といったものだったが、フォロワーらから賛同のコメントが相次いだ。

 その中にプログラマーとおぼしき人たちから「テレワークになり上司らの目が届かなくなって助かっている」といった趣旨のコメントがいくつかあった。オフィスでプログラミングなどの作業の手を止めて考え事をしていたり、Webサイトを眺めていたりすると、上司から注意されるのであろう。テレワークになったことで、そんな上司を気にすることなく、勤務時間中に「何もしない」でいられる。これがテレワークの効用というわけだ。

 もちろん仕事である以上は、どんな業務であっても効率的に働かなければならない。ただし、何が効率的なのかは業務によって違う。工場での組み立て作業や経理処理などの業務は、よどみなく作業を続けることが効率的に働くことなのだろうが、高い創造性が要求される業務の場合は違う。ひたすら手を動かし続けることは、むしろ非効率に陥る場合があるのだ。

 そう言えば、米国取材でこんな体験をしたことがある。シリコンバレーのITベンチャーを訪問した際、オフィスで一心不乱に鉄道模型を作っている人がいた。「いったい何をしているのか」と、案内してくれた広報担当者に聞くと「遊んでいる」との答えが返ってきた。考えてばかりいるとアイデアが行き詰まるからだそうだ。考えるために何もしないどころか、考えるのを放棄するために遊ぼうというわけだ。

 今のシリコンバレーなら、こうした発想は当たり前なのかもしれない。ただし、このITベンチャーを取材したのは30年近くも前のこと、インターネットの爆発的普及が始まる以前の話だ。一方、日本では依然として、アイデアや企画などを練るために何もしないでいたりすると、「何をさぼっている」「もっと効率的に働け」と指弾される状況が続いているわけだ。