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大手とは一味違う商品を次々と生み出し、家電業界で確かな地位を確立したバルミューダ。快進撃のきっかけとなった扇風機「GreenFan」の発売直後に同社創業者の寺尾玄氏が語った開発哲学をお届けする。

※本記事は、『日経ものづくり』2010年8月号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

 自然のような優しい風を作る扇風機「GreenFan」がヒットして注目を浴びましたが、ものづくりを始める前は、プロの音楽バンドを組んでいたんです。全身全霊を懸けたそのバンドが20代の終わりに突然解散し、3カ月くらい真っ白になりました。そして次を考えたときに、音楽というフィールドではこれ以上の仕事はできない、別のフィールドに飛び出すしかない、と思うようになった。それが、ものづくりだったんです。なぜ? 唐突に見えるかもしれませんが、僕にはごく自然な選択でした。

寺尾玄(てらお・げん)
寺尾玄(てらお・げん)
1973年生まれ。17歳で高校を中退し、スペイン、イタリア、モロッコなど地中海沿いを放浪。帰国後、音楽活動を開始。大手レーベルと契約するも破棄になり、バンド活動に専念。2001年バンド解散後、ものづくりの道を志す。独学と工場への飛び込みで、設計や製造の知識や技術を習得。2003年にバルミューダデザインを設立し、代表取締役に就任。デザイナーを兼務する。(写真:栗原克己)

 バンド時代の僕の相棒は、バンドのメンバーと、米Apple社のパソコン「Mac」、そして米HermanMiller社のいす「アーロンチェア」。自宅で曲を作るんですが、Macの使い勝手の良さは群を抜き、簡単にスタジオレベルの音源が作れた。とはいえ、作業は長時間に及ぶので、腰痛持ちの僕にはきつい。ところが、アーロンチェアに身を委ねていると、腰は痛くならないし疲れなかった。この2つの道具にどれだけ助けられたことか。だから、音楽というフィールドを飛び出すと決めたときに、他人(ひと)に大きなベネフィットを与えるものを造りたいと、思ったんです。

 正確にいえば、ものづくりをしたいと思ったわけでも、デザインをしたいと思ったわけでもない。ものづくりからデザイン、そして販売までを手掛けるメーカーをつくりたいと思った。音楽って、ショービジネスなんですね。曲を通して自分を表現するだけではなく、どんな見せ方をしたら面白いかを考える。ものづくりもビジネスですから、考え方は同じ。物を造るだけではなく、デザインをしブランディングをし、どんな見せ方をしたらお客様に訴求するかを考える。そこまできちんとやるメーカーをつくりたかったんです。

君自身で造りなさい

 GoogleとかYahoo!とか、インターネットの検索機能って、便利ですよね。でも、致命的な欠点が1つある。キーワードが分からないと、何もできないということ。僕にはものづくりの経験がないから、専門用語を知らない。だから、検索しようにも僕自身がフリーズしてしまうんです、あれほど便利だったMacの前で。

 それで毎日バイトが終わると、東京・新宿の東急ハンズに通った。あそこにはいろんなものが置いてあるし、店員さんが商品に詳しい。で、店員さんをつかまえては、「これは何でできているんですか」「どうやって造るんですか」などと聞き回った。こうして、専門用語が徐々に分かり始めると、今度は秋葉原に通った。電気部品だけではなく小さな旋盤なども売っているので、電気や機械に関する専門用語を覚えました。

 これでようやくインターネットの検索機能を使えるようになったんですが、結局、僕は電話帳を手にした。そして、「金属切削加工」などという職種の欄に載っている工場に片っ端から電話をかけては訪ねてみた。独学でCADを勉強し、独学で描いた図面を持って。だって、手ぶらで行ったら、先方が困りますよね。だから、「テーブルの脚に使うアルミの切削部品を造りたいんです」と、具体案件を持って行ったんです。

 50件くらいは訪ねましたね。すると大抵、「忙しい」と迷惑がられる。でも、中には面白がってくれた工場もあって、「できるけど、プロトタイプを1個だけ造るのはとても高いよ。君、そんなお金ないでしょ。機械の使い方を教えてあげるから、君自身で造りなさい」と言ってくれたんです。今度は、毎日バイトが終わると、工場通い。やすりのかけ方に始まり、旋盤、ボール盤、フライス盤など、工作機械の使い方を一通り教わりました。

 私がこのとき学んだことは、技術や技能だけではなく、もう一つある。「本気は通じる」ということ。当時の私は、ただただ物を造りたいという一心で動いていた。もし私に、一発当ててやろうとかもうけてやろうとかいった邪心があったら、工場の方にはそこを見透かされて全く相手にされなかったでしょう。けれど、Macやアーロンチェアのような優れた商品を生み出すメーカーをつくりたいということしか考えていなかったから、あんなボランティアのような協力が得られたんだと思っています。

 こうした修行を約1年間続け、念願の会社を設立。まずは、コンピュータの周辺機器を造り始め、くだんの工場には仕事を発注するという形で恩返しをさせていただきました*1

*1 第1弾商品は、コンピュータの下に置く冷却台だった。放熱性を高めるために、アルミのヒートシンクが取り付けられている。価格は3万7800円。2003年5月に5台造り、その年の夏までに120台売った。

8万円は高いか安いか

 当初、お客様に最高品質のものをお届けしたいと、商品一つひとつにかなりこだわって造りましたから、価格は自然と高くなりました。例えば、LEDのデスクライトが8万円。かっこいいけど、いざ買うとなると手が出ない。だから、当初の商品はお客様に選んでいただく機会が少なく、Webサイトやインテリアショップなどを通じて、年間数百台の規模で販売していました。

(写真:栗原克己)
(写真:栗原克己)

 こうしたものづくりを7年間続けてきたんですが、沸々と別の欲が出てきた。僕の商品を年間数百人ではなく、数千人、数万人と、できるだけ大勢の人に使ってほしいという欲です。それには、生活に必要なものを造らなければいけませんよね。デスクライトでいえば、8万円が高いか安いかではなく、デスクライトが8万円だから高い。デザインまで含めた機能が8万円という価格に釣り合うかどうかが重要で、釣り合えばもっとたくさん売れる。要は、僕が造ってきた商品は、機能と価格のバランスが悪かったのではないか、という1つの結論に達したんです。

 そこで新たに着目したのが、地球温暖化と化石燃料の枯渇という2つの問題。もちろん、これらは今に始まったことではないので、既にいろんな企業がいろんな取り組みをしています。そんな中で、私たちのような小さな会社が何をできるかを考えました。

 これから先、暑い、寒いという気候変動に対して人々が困る時代がきっと来る。暑いのに電気代が高くてエアコンを使えないとか、寒いのに石油が高くてストーブを焚けないとか。ならば、暑さ寒さという身近な問題に対して最適なソリューションを提供できる企業は発展する、そんな商品はたくさん売れると直感した。要は、従来にない技術を駆使し、納得できる価格でお客様に大きなメリットを感じて頂ける冷暖房器具です。

大手がやってないからできない?

 冷暖房を研究してたどり着いたのが送風。送風技術を使った典型的な商品といえば扇風機がありますが、その基本構造は100年以上もの長い間変わっていない。ならば、僕が今までにないユーザーメリットの大きな扇風機を造ろうと考えました。

 扇風機という商品をあらためて見たときに、それが作り出す風に長く当たり続けているのは結構つらいことに気付いた。首振り機能を使う1つの理由は、そこにあります。扇風機の風に当たりたいのに、長くは当たり続けられない。何か変だと思いませんか。

 これに対して、自然の風は違う。暑い夏に河原を吹き抜けていく風は涼しくて気持ちがいいから、ずっと当たり続けたいと思う。そんな涼しくて優しい風を扇風機で作ることができれば、多少価格が高くても機能と釣り合う。冷暖房という観点でいえば、風ではなく涼しさを提供することを考えたんです。

(写真:栗原克己)
(写真:栗原克己)

 自然界の風と扇風機の風の違いを徹底的に研究したところ、全く同じ風速でも自然界の風の方が軽く感じる。ここで、大きなヒントになったのが、工作機械の使い方を教えてくれた工場の職人さんの話でした。「扇風機の風を壁に1回当てて跳ね返るようにすると、優しい風になるんだよ」。このメカニズムをたった1枚のファンで実現したのが、冒頭のGreenFanというわけなんです*2

*2 「壁乱流」といわれる現象を利用する。空気が物体に当たると、物体表面に沿って流れる空気の中に乱流が発生する。その乱流が「優しく」感じる。GreenFanは2010年4月に発売。価格は3万3800円(税込み)。

 最初は、いろんなことを言われましたよ。「自然の風が出せるのなら、大手がとっくにやっている。大手がやっていないんだから、そんなの無理に決まっている」とかね。けれど、素人だからできるということだってある。もちろん、技術が伴わなければダメですが。

 僕らはアイデアとスピードを武器に、大手ができない自由な発想の商品を手掛けていきたいと思っています。軸は冷暖房なので、加湿に、除湿に、空気清浄に、やりたいことはたくさんある。恐れず、厚かましく挑戦していきます。