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【質問3】そもそも青少年へのデジタル教育はどうあるべきか
【回答】デジタル授業を組み立てる能力を持つ教師の育成が出発点、物事には順序あり

 そもそもデジタル教育とは何かを定義するために、今までの学校の授業風景を考えてみよう。

 授業が始まると教師はチョークを持って黒板に授業内容を書き始める。その後、生徒に対して教科書を読ませ、教科書の内容について説明を始める。ある程度、教科内容を教えてから、先生はテストに出題されるような重要な部分を強調し暗記するように促す。

 では、いわゆるデジタル教育を実施している学校の授業風景は、今までとどのように違うだろうか。

 教師は、従来なら黒板に書いていた授業内容をPowerPointなどを利用して事前に書いておき、授業が始まるとそれらを電子黒板に映し出す。生徒は紙の教科書代わりにタブレットに入っている電子教科書をめくりながら、今までのような授業を受ける。このような授業であれば、違いは教具のデジタル化のみであり、今までの教育方法とそれほど変わらない。

 もう1つの授業風景を考えてみよう。教師は当日の授業テーマに関連する素材、新聞記事、ニュースクリップや写真などを電子黒板で生徒に紹介する。その後、生徒たちが自らそれぞれの端末を使い、その日の授業テーマに対して、ネット検索などを通じて調査考察する。そして自分たちの考えをまとめて発表することで授業が終わる。

 こうした授業方式は、筆者が考える教育の情報化の目的と合致する。つまり、今までの教育方式である暗記式、注入式の教育ではなく、生徒の自ら考える能力を鍛え上げるために必要な教授法である。実施するには、もちろんタブレット、電子教科書、電子黒板やネット環境などのデジタル教具が必要になる。

 では、デジタル教具以外にどのような要素が必要になるだろうか、少し考えてほしい。それはデジタル教具を使いこなせるスキルと、従来教育方法とは違う点に留意できる洞察力である。すなわち、デジタル授業を組み立てる能力を持つ教師の育成である。

 デジタル教具の整備と、デジタル授業を組み立てる能力を持つ教師の育成という2つの前提条件が整えられた時点で、デジタル教育は出発点に立つであろう。今回のGIGAスクール構想でデジタル教具が整うとすると、これからは新たなデジタル教育に取り組めるよう、教師の皆様に対して教育を施すことが必要になるのではないかと思う。

 「馬も買わずに鞍(くら)を買う」という故事がある。物事には順序や段取りが必要という意味である。デジタル教育を成し遂げるためには、デジタル教具の整備とともに、デジタル教具を使いこなす教師が対とならなければ達成しえないことを、この故事の教訓として認識してほしい。