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デジタル時代を最も力強く先導する企業「DXグランプリ」に選定されたANAホールディングス。同社では、新サービスのアイデアをPoCから事業化へつなげるための工夫を凝らしている。ANA(全日本空輸)のデジタル化のキーパーソンがノウハウを伝授する。

 PoC(Proof of Concept、概念実証)を失敗させないコツは大きく分けて、「PoCのトリガーを作る」「PoCの実効性を上げる」「デザイン力を高める」の3つあります。今回はそのうち1つ目の「PoCのトリガーを作る」について解説します。

 PoCを始めるときには、検証したい新サービスのアイデアにつながるきっかけ(トリガー)が必要です。PoCのトリガーを探るために筆者らは、従来のIT部門の仕事のやり方を変えなければなりませんでした。

 従来、IT部門がシステム化を検討し始めるトリガーは、業務部門の課題や全社的な事業戦略にありました。逆に言うと、基本的には課題や事業戦略をきっかけにしかテクノロジーを探ることはしませんでした。

 ANA以外の企業も同じような状況だったのではないでしょうか。新規システムの開発でも既存システムの刷新でも、他の既存システムへの影響を考慮しなければなりません。当然、既存システムの開発や運用を任せているITベンダーに相談することになります。いきおい、テクノロジーに関係する情報についても、既存のITベンダーから得ることが多くなります。

 一方、筆者が所属するイノベーション推進部のミッションは、テクノロジーを駆使して既存業務にイノベーションを起こすことです。このミッションを達成するには、従来型のIT部門の仕事の進め方では不向きでした。

 まず、世の中にどのようなテクノロジーがあり、どのように使われているのかを知る必要があると考えました。従来のように自社の既存業務の課題から出発し、既存ITベンダーのフィルターを通して情報収集するのではなく、自ら外に出て広く世間のテクノロジーを探らなければならないと思ったのです。

 しかも、それらのテクノロジーがどのように使われているのか。ビジネスで使いこなすためには社内的にどのようなプロセスが必要なのか。こうしたことも知りたいと感じました。これらは、自社のオフィスにある会議室で話をしていても、絶対に見つからないと考えました。

月に一度のオフサイトミーティング

 こうした思いから、筆者がイノベーション推進部の部長に就任した2017年4月から「オフサイトミーティング」を始めました。毎月1回、イノベーション推進部の部員全員が様々なベンダーの研究所や共創スペースを訪問するというものです。これがPoCのトリガーの1つです。

 訪問先のITベンダーからは、航空業界向けとは限らない、様々なテクノロジーについてレクチャーを受けるようにしています。「そのITベンダーで今、最先端の技術」「そのITベンダーで一番変わっていると言われている人」「その場所でしか見られない手法や環境」などを見せてほしいとリクエストしています。

 新しいテクノロジーを訪問先の研究所などで体験すると、「最先端はここまでできるのか」「今までの業務が変わるかもしれない」といったことを感じます。つまり、オフサイトミーティングは、我々が日常のオフィスで感じている「当たり前」を壊す作業でもあるのです。

 こうした気付きを得ることは、たとえその場ですぐに新サービスのアイデアが思いつかなくても「自分のポケットに新しい何かを取り入れた」ことになると信じています。

 オフサイトミーティングの後は、有志で必ず飲みに行きます。新しいテクノロジーに触れた感動が冷めないうちに、その感想を部員同士で語り合う機会を作っているのです。

 筆者が特に仕向けなくても、自然に「あのテクノロジーをなんとか自分たち流に活用したい」「あの業界の事例は刺激的だった」といった話が出てくるものです。この時間はとても大切なプロセスだと考えています。

 「新テクノロジーを見に行った」という事実を「自分たちの会社でも実現してみたい」というパッション(情熱)に変えるための時間だからです。

3つのワークショップで課題と技術をマッチング

 新テクノロジーの情報を収集するのと同時に、それらを生かせる業務課題を見つける必要があります。しかし、「こんなテクノロジーがあります」と事業部門に話を持ちかけても、そう簡単に業務課題の解決に使えるとは限りません。

 そこで、もう1つPoCのトリガーを用意しました。事業部門とIT部門が一緒に潜在的な業務課題を見つけ出し、テクノロジーを活用した解決策を導き出すための、オリジナルのワークショップを3種類、考案したのです。事業部門と対話するなかで上手に課題を聞き出す方法をまとめました。

 3つのワークショップとは、課題の発掘に適した「ダンゴムシを助けよう」、新しい顧客サービスの創造に向く「2匹のみつばち」、そして、現場観察(エスノグラフィー)を支援する「トンボの眼鏡」です。

 3つのワークショップは実現したいソリューションに応じて使い分けます。中でも最も活用しているのが「ダンゴムシ」です。

ワークショップの様子
ワークショップの様子
(出所:全日本空輸)
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