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デジタル時代を最も力強く先導する企業「DXグランプリ」に選定されたANAホールディングス。同社では、新サービスのアイデアをPoCから事業化へつなげるための工夫を凝らしている。ANA(全日本空輸)のデジタル化のキーパーソンがノウハウを伝授する。

 当社では、2017年から積極的にPoC(Proof of Concept、概念実証)を進めてきました。2017年度で10個、2018年度は20個を超えるアイデアを検証し、その半数以上を実用化させました。

 PoCを実サービスまで結びつけるためには「PoCのトリガーを作る」「PoCの実効性を上げる」「デザイン力を高める」の3点が必要だと考えています。今回は「PoCの実効性を上げる」方法について解説します。

一般に言われているPoCとは正反対

 読者の皆さんは、デジタル化に向けたPoCというと、どんな状況を思い浮かべるでしょうか。筆者が見聞きする限り、世の中で言われているPoCは以下のようなものではないでしょうか。

  • IT部門は新しいテクノロジーに疎い、もしくは無関心。そのため、デジタル化の専任組織を企業内に設置
  • デジタル化組織は既存の事業やシステムと関係ない分野で小さくPoCを進める
  • PoCの実験自体はうまくいったが、実用化に向けた検討に労力がかかり断念する

 これに対し、ANAではほぼ正反対のアプローチを採用しています。

  • IT部門が新しいテクノロジーに詳しくなるように、積極的に情報を収集している
  • IT部門が既存の事業やシステムの将来像を考えながらサービスをデザインし、PoCを進める
  • PoCと実用化の検討は別物ではなく同時並行に進める。PoCが終わった時点で実用化のめどが立っている

 つまり、ANAのIT部門にとってPoCは現実離れした実験ではないのです。PoCと言うよりも、新サービスのパイロット導入のような感覚で進めています。

 ちなみに、ANAグループの他部門では、既存業務と離れたPoCを実施している組織もあります。持ち株会社のANAホールディングスに設置したデジタル・デザイン・ラボです。デジタル・デザイン・ラボのミッションは将来の事業をつくることです。

 これに対し、IT部門は航空事業を中心とした既存事業にイノベーションを起こす役割を持ちます。2つの部門で役割を分けていますが、密に連携して動いています。ちなみに筆者は両部門を兼務しています。

実験内容は小さくてもデザインは大きく

 さて、PoCの進め方に話を戻します。ANAのIT部門がPoCを企画するときには、新サービスの導入シナリオをできるだけ大きくデザインします。PoCで検証する部分とは別です。PoCを実施する業務範囲は小さかったとしても、導入後の構想は広範囲で考えます。

 将来像を大きくデザインすると、関係する部門やシステムが想定できるようになります。その中には、PoCに直接関係しない部門もあるでしょう。そうした部門にもPoCの結果を共有します。こうすることで、社内におけるPoCの位置付けがより意義のあるものになります。

 実例で解説しましょう。先日、PoCを終えて実用化したサービスの1つに、客室乗務員向けのヒアラブル端末活用があります。総2階建て超大型機エアバスA380型機「FLYING HONU(フライング・ホヌ)」で利用しています。

 A380型機は大型のため、客室乗務員同士のコミュニケーションが困難になることが予想されました。そこで、IP無線で連絡を取り合えるようにしたのです。

 以前から客室乗務員が携行していたiPad miniにIP無線ソフトをインストール。iPad miniとBluetoothで接続したイヤホンマイクを使って客室乗務員間でコミュニケーションを取れるようにしました。機内にIP無線用のWi-Fi環境を構築し、アクセスポイントや通信サーバー、通信アプリをチューニングしてPoCを成功させました。

ANAが導入したIP無線システムの概要
ANAが導入したIP無線システムの概要
(ANAの資料を基に日経 xTECH作成)
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 客室部門の全面協力を得てPoCを実施したのですが、PoCの状況や結果を報告していたのは客室部門だけではありませんでした。今回のPoCでは関係のない、整備部門や空港スタッフ部門にも状況を説明しています。このヒアラブル端末の導入では、客室乗務員がIP無線でコミュニケーションするところまでしか実用化していませんが、実はその先もデザインしているからです。

 整備や空港のスタッフを含めたオペレーション部門全体のコミュニケーションのあり方をどうすべきか。これは将来的な検討課題です。検討材料の1つに今回の事例を位置付けています。