水素エンジンで性能を出すためには当然、大量の水素ガスを燃焼室に噴射する必要がある。吸気バルブが開いている吸気行程中から筒内直噴で噴き始めたいが、早過ぎると水素噴流の一部が吸気ポートに逆流して、場合によってはそこで着火するというバックファイヤーに気を付ける必要がある。
高温の混合気が次のサイクルでシリンダー内に吸気されて自着火する可能性もある。また、燃焼室内の金属部が高温となり点火前に噴射された水素ガスが触れることにより着火することも考えられ、これらがプレイグ発生原因の1つとして推定される。水素燃焼を制御するのは容易ではない。
こうした課題を克服するため、トヨタの開発陣は水素の燃焼状態を可視化する取り組みを進めた。シリンダー内での水素ガス噴流と吸入空気が形成する高タンブル流との混合状態や水素燃焼状態をリアルタイムな可視化解析手法によって明らかにした。
この結果をもとに、均質に混合させ均等に燃焼させるべく、水素燃焼に最適な水素ガスの噴射方向、噴射時期などを設計し直したという。水素噴流も水素燃焼も可視化しにくいが、工夫したのだろう。これは、研究開発の深化だ。
燃焼のコンセプトは希薄燃焼(リーンバーン)を踏襲した。そのリーン条件である空気過剰率(λ)をトヨタは明らかにしていないが、この1年間でターボチャージャーを適時バージョンアップしているという。
過給圧を高め、さらにリーンな燃焼にしているのかもしれない。λが高い、よりリーンな燃焼ができれば、燃焼温度を低下できプレイグは発生しにくくなり、熱効率も改善する。つまり、リーンバーンは水素燃焼にとって最適な燃焼コンセプトである。この辺りにも進化と深化が垣間見える。
水素可変噴射圧制御の裏表
新しい取り組みの2つめは水素噴射圧の可変制御である。今シーズンから導入したという。空気との混合促進という意味で、水素ガスは可能な限り必要量を早く噴き終わりたいので高圧で噴射する。水素は高圧タンクに70MPaで満充填されているので、当分は必要な圧力で噴射可能だが、使っていくうちに水素タンクの内圧は徐々に低下していく。
そのうちタンク内圧が噴射圧以下になると残った水素は活用できず、新たに水素を充填しなければならない。その充填頻度を減らし航続距離を伸ばすために、タンク内圧の低下をタンク集合部に設置した既存の圧力センサーで把握し、シリンダー内への水素噴射圧を下げる可変制御を採用したというのだ。タンク内の水素をより有効に使え、水素充填回数を低減できる。
トヨタはベースの噴射圧や水素を充填する際のタンクの充填率(SOC:State Of Charge)を非公表とする。それでも、一定圧で水素を噴射していた2021年の車両に比べて、SOC換算で5~6ポイントと多くの水素を使えるようになったという。この結果、富士スピードウェイの約4.5kmのコースでの水素充填のタイミングを、昨年の12周に1回から13周に1回まで増やせる進化を遂げた。