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削られてきた「サービスの対価」

 「質の成長」を図っていく上でとても大きな問題があります。それは特に日本において、おもてなしや人が提供するサービスに対してものすごく高い期待値がある一方で対価性が弱いという点です。私はこの問題がサービス産業の大きなジレンマだと思っています。

 「サービスがなってない」という言葉が期待値の高さを象徴し、サービス残業という言葉が低い対価性を象徴しています。サービスに対してなかなか対価を得られていないと。「質の成長」が成立するためにはこの2点、つまり期待値は高いけどサービスの対価は低いというジレンマを何とか克服していかなくてはいけないという大きな課題があります。

 昔からサービスの対価はなかったのでしょうか。私はバブルの頃は実はサービスの対価はあったのではないかと思います。当時、アメリカ人が日本に来て「日本の外食は何でこんなに高いんだ」とよく言っていたのを覚えている人もいると思います。

 ですが今、足元を見てみると日本より1人当たりのGDPが低い国の方々が日本に来て、「日本の外食はずいぶん安いですね」と言います。

 もしも、この30年間の間にこれほど料理を安く提供できるイノベーション、技術革新が起きていたらこの現象を正当化できると思います。ただそういうものはほとんど生まれていません。

 では何が起こったかと考えると、恐らく私はこのサービスの対価というものが、物の価格が縮減していく過程でともに削られてきた。それがこのデフレの30年間だったのではないかと思っています。

 これは欧米では起こり得ません。なぜならサービスの対価はチップやサービス料として外側にあるからです。

 このデフレの期間に、製造業のイノベーションの連続で物の価格が下落してくると同時に、サービスの対価もつられて削られてきた。ここをまず大前提に考えないと、これからの時代の成長というものは考えられないと思います。

 しかし「質の成長」といっても対価が得られなければ「絵に描いた餅」です。お客さまに付加価値を感じてもらえるサービスの対価とは何でしょう。

 例えば、これは私の思い付きですが健康、コト消費、ぜいたくなひととき、希少性、独創性、手作り、国産。これらは「だったら多少高くてもいい」という言葉が後ろにつながる言葉です。健康のためだったら多少高くてもいい、国産だったら多少高くてもいい、こういった付加価値の源泉があります。

 外食産業で言えば、商品はどういうものだったら高く買っていただけるか。例えば国産の食材を中心に使った商品だったら多少高くてもいいという考えは、恐らく皆様も少しご理解いただけるのではと思います。

 サービスだったら何でしょう。やはりマニュアルに依存したサービスではなく、マニュアルを超えたサービスで初めて付加価値を感じるというのが、恐らく一般的だと思います。

付加価値向上は規模と相反する

 この商品とサービスに共通していることは何かというと、国産食材も高いホスピタリティーも「規模と相反する」ということです。規模が大きくなればなるほど国産の食材は供給制約が起き、使いにくくなります。一方でサービスも規模が大きくなればなるほど、マニュアルで統制せざるを得なくなります。

 ということは逆説的に考えると、「規模を小さくすればするほど国産のものが使える」「サービスもオーダーメードできるようになることによって、より付加価値をお客さまに提供できる」のではないかという仮説が立ちます。

 この仮説を前提に今チャレンジしているのがロイヤルホストです。例えばロイヤルホストは2012年からずっと国産のフェアに取り組んでいます。車エビを使ったカレーは値段が1800円くらいだったと思いますが、非常に人気が高かったです。

 ただこのフェアを実施したとき、一時期1店舗に配布できた車エビは4匹でした。逆に考えるとロイヤルホストは220店舗だから4匹でできたんです。440店舗だったら2匹、880店舗だったら1匹。つまり「ある程度規模が縮小したが故に、お客さまが対価を認めてくれるフェアができた」と一方で考えることもできると思います。