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CDの方がまし

 SteveもJozも、Apple社の一同もiPodの登場に興奮を味わった。だが、社外の反響は、熱狂的とは言い難かった。Apple社の呼び掛けに色めき立った報道陣の期待を、iPodの発表が十分に満たしたかといえば疑問符が付く。

 第1に携帯型音楽プレーヤ自体が、ごくごくありふれていた。iPod発表の前日、日本時間の10月22日には、NECが携帯型オーディオ・プレーヤを内蔵できるノート・パソコンを投入したほどである。「Auto-Sync」や「スクロール・ホイール」といったiPodならではの特徴は、携帯型音楽プレーヤに対するマスコミの先入観に、かき消されてしまった。「デザインに凝ったMP3プレーヤ」というのが、大方の見方だった。

 何よりも値段が高かった。399米ドル。当時のMP3プレーヤは、200米ドルを切る値付けでも、大して売れなかった。iPodの希望小売価格は、その倍もする。iPodのチームは、高品質の製品を生み出すため、部品の選択で極力妥協しなかった。その結果が、この価格である。「例えばデジタル・カメラは、MP3プレーヤよりもずっと高くても売れる。問題は価格じゃなくて、価値なんだ。どんなに安くても、ユーザーの要求に応えていなければ売れない。僕らの製品はすごくユニークで、ユーザーの望みにかなうことが分かってた」(Joz)。

 世の中は、必ずしもJozの意見に同意しなかった。発表会に集った報道陣の疑問は価格に集中した。iPodの発表を知った消費者の中には、Apple社を誹謗(ひぼう)する者もいた。米国の雑誌Wiredのオンライン版によれば、iPodの発表時に「iPod」が何の略称かをめぐってインターネットの掲示板で意見が飛び交った。ある者は“Idiots Price Our Devices(バカが値段を付ける)”、別の者は“I'd Prefer Owning Discs(CDの方がまし)”と主張した。

 iPodの開発チームがこれを聞いたなら、内心穏やかではなかったろう。「iPod」は、彼らのブレーンストーミングの産物だった。Jozによれば、2001年の夏の終わり、製品のパッケージを考え始めたころに決まった名前だ。小さくて何かを含んだ感じがする「Pod(さや、容器)」と「i」を組み合わせた。「『i』は、21世紀のデジタル時代の製品だってことを表す」(Joz)。「iPod」のアイデアが出ると、一度で皆の気に入った。それに次ぐ候補もなく、すんなり決定したという。

いつしか忘れ去られた

 「iPod」の船出は静かだった。一部のファン層を獲得したものの、爆発的なヒットにはつながらなかった。出荷直後に2次電池関連のバグが見つかり、ユーザーにソフトウエアの更新を呼び掛ける騒動があったが、物議を醸すこともなく、いつしか忘れ去られた。もしここでApple社が歩みを止めていれば、iPodは興味はそそるが高額の、ニッチな音楽プレーヤに終わっていただろう。

 Appleは立ち止まらなかった。その胸中には、かつての苦い経験があった。1994年、Apple社は「QuickTake」を発売した。市場が爆発的に拡大する前の、デジタル・カメラの先駆者である。「Appleは、QuickTakeで一般消費者向けのデジタル・カメラを他社に先駆けて発売した。僕らはそれだけで満足して、他社がやってきて市場を奪うのを、黙って見ていたんだ。iPodでは、先頭に立つことに、しつこいほどこだわってきた」(Joz)。

 ただし、その執拗さが実を結ぶまでには、しばらく時間が必要だった。

 Apple社の努力の成果は、少しずつ世に現れた。2002年3月21日。東京で開催した「MacWorld Expo」で、Apple社はハード・ディスク装置の容量を10GバイトにしたiPodの新製品を公表。収録できる曲数は1000曲から2000曲へ倍増した。そして、2002年7月17日。Apple社は「第2世代品」を発表する。

 第2世代品は、どちらかといえば小粒の製品だった。容量は5Gバイト、10Gバイト、20Gバイトの3種類。このうち10Gバイトの製品は、以前と比べて多少スリムになった。厚さは18.4mmで、前機種よりも1.6mm薄い。

(写真:Akiko Nabeshima)
(写真:Akiko Nabeshima)
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 機能面での前進も小幅にとどまった。iPodに住所録や予定表、メモなどを保存する機能が加わった程度である。「iPodをいつも携帯するユーザーから、音楽を持ち運べるのなら、どうして電話番号なんかを保存できないのかって声が上がった。だからこうした機能を加えたんだ。別にPDAを置き換えようってわけじゃない。最近のソニーを見れば分かるけど、PDAはそんなに大きい市場じゃないと思ってる。ただ、ユーザーがPDAでしたいのは、電話番号とか、ちょっとした情報を思い出すことなんだ。iPodのユーザー・インタフェースは、こうした情報の検索にも有効だ。もちろん、音楽プレーヤっていう本質は見失わないようにしてる」(Joz)。