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ビル・ゲイツが直してくれるわけじゃない

 第2世代機の最大の特徴は、Windowsへの対応である。Apple社は、iPodを独立したビジネスとして育てることを、ついに決断したわけだ。iPodの市場を広げるには、Windowsへの対応は必要不可欠だった。

 Apple社の狙いは、Macintosh向けのiPodと寸分たがわぬ「体験」を、Windowsパソコンのユーザーにもたらすことだった。現在Apple社でDirector of Product Marketing, iTunesを務めるChris Bellは回想する。「Macでうまくいったことを、そのままWindowsプラットフォームで再現しようとした」。

 現実には、事はそう簡単でなかった。iPodをWindowsに対応させる仕事は、開発チームに頭痛の種をまき散らした。Apple社がすべてを支配できるMacintoshと異なり、自社の力が及ばないプラットフォームの上に製品を作り上げるのは想像以上に厄介な作業だった。「Windowsで何か問題にぶつかったとき、Windowsを変えるわけにはいかない。Bill GatesやMichael Dellに電話して、ここが間違ってるから直してほしいって言えるわけじゃないんだ」(Joz)。

 とりわけ開発チームを悩ませたのは、際限のない互換性のテストである。製造メーカーごとに実装の仕方が異なることが、開発陣を弱らせた。「WindowsマシンはWindowsマシンじゃないし、Windowsマシンでもない。DellやHP、台湾のメーカーはみんな違う。みんな正しいことをしてるんだけど、全然違うやり方でなんだ」(Joz)。

 問題をさらに面倒にしたのが、Apple社のジュークボックス・ソフトウエア「iTunes」を使わなかったことだった。Apple社は、市場への早期投入を優先し、iTunesの代わりにサード・パーティー製のソフトウエアの利用を決めた。既に市場に出回っていた米Musicmatch, Inc.の「Musicmatch Jukebox」である。Apple社はMusicmatch社と協力して、Musicmatch JukeboxにAuto-Syncの機能を組み込んだ。

 iPodの「体験」の中核に他社製品を組み込むことは、開発陣にとって不満がたまる経験だった。「ちょっとしたところを変えたいと思っても、いちいち他社に頼まなくちゃならない。当然、要求を出してから実装までに遅れが生じる。自分でやってたときには、こんなことはなかったのに」(Joz)。

 不満はまだあった。Windowsパソコンにつなぐためのインタフェースである。第2世代品の開発時、USB 2.0は規格が承認された直後で、ほとんど普及していなかった。かといって、USB 1.1を使うわけにはいかない。そもそも、既存の音楽プレーヤの問題点として、Apple社がやり玉に挙げたのが、転送速度が遅いUSB 1.1の採用だった。

 Apple社は、Macintosh向けの製品と同様、IEEE1394インタフェースを選ぶしかなかった。Apple社の調べでは、当時IEEE1394に対応するパソコンの普及台数は、4000万台に達していたという。それでも、大多数のパソコン・ユーザーは、29~79米ドルもする対応ボードを購入し、自ら組み込まなければならなかった。

 第2世代の製品は、まだまだ道半ばだった。「問題なく動作したし、Windowsパソコンのユーザーからすれば、十分な水準だったと思う。だけど、僕らの基準を当てはめると、もっとうまくできることが分かってた」(Joz)。

完全に新しい製品だ

 2003年4月28日。Stan NgとTony Fadellの2人が、iPodの開発を許可されてからわずか2年。Apple社は早くも第3世代品の発表にこぎ着けた。満を持しての投入だった。「第2世代機は、最初の製品の焼き直しみたいなものだった。第3世代は完全に新しい製品だ」(Joz)。

 この製品が転機になったことを、Apple社自身認める。Jozは第3世代機を、米国競馬界の新星で2004年のケンタッキー・ダービーの覇者である競走馬、スマーティ・ジョーンズになぞらえる。「第1世代や第2世代のころは、音楽プレーヤの市場では、有力なブランドが団子になって争っていた。僕らはちょっと先行してたけど、それでも団子の中だった。第3世代になって僕らは一気に抜け出した。スマーティ・ジョーンズのようにね」。

 事実、iPodの売り上げは第3世代機の投入を境に、ぐんぐんと伸びた。第3世代機が登場した2003年第2四半期の出荷台数は30万4000台。第1四半期の8万台を大きく上回った。第3四半期には33万6000台に伸び、クリスマス・シーズンの第4四半期に爆発した。第4四半期の出荷台数は対前年同期比235%増の73万3000台。2004年に入って勢いはさらに増し、第1四半期には80万台を突破した。前年同期と比べて実に10倍である。

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