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 冬の時代が続いた垂直記録の研究開発。原理を提唱した岩崎俊一氏(現・東北工業大学 理事長)の教え子らが、その火を絶やさぬよう、大事に大事に灯し続けた。国内のHDDメーカーに就職した岩崎研究室の学生は、それぞれの企業で中核の研究者として育つ。ついに、2000年。垂直記録の陣営は、反撃ののろしを上げた…。

※本記事は、2006年発行の『日経エレクトロニクス』に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

「プロト1」も完成

 当時高野には、脚光を浴びた52.5Gビット/(インチ)2の実証よりも、うれしい成果があった。実証実験に用いたヘッドやディスクの技術と、当時の実用的な機械系を使って試作した2.5インチHDDが実際に動作したことである。一般には公開しなかった「プロト1」と呼ぶこの試作機は、2000年4月の学会発表とほぼ同じ時期に完成していた。

2000年に日立製作所が試作した垂直記録方式を用いたHDD。(写真:柳生貴也)
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 プロト1の面記録密度は25Gビット/(インチ)2、ディスク当たりの記録容量は15Gバイトだった。実証実験に比べて面記録密度が低いのは、HDDに組み上げる際にはヘッドをトラックに追従させるサーボ機構の制約により、スピンスタンドを用いる場合ほどトラック密度を高められないためである。それでも当時の製品を上回る値だった。ちょうどIntermag2000の開催期間中に、面記録密度17.1Gビット/(インチ)2、ディスク1枚で10Gバイトの2.5インチHDDをIBM社が発表している。

 ここまでの道のりは驚くほど順調だった。日立製作所が垂直記録方式の研究を本格始動したのは1998年のこと。それまで研究所で5人ほどしかいなかった垂直記録方式担当のメンバーを30人程度に増やし、事業部との連携も強化した。その後わずか2年間で、記録媒体とヘッドの双方を、大きな壁にぶち当たることなく自社で開発できたのだ。

 ところがここから先、日立製作所の足取りは徐々に重くなる。2001年1月のMMM-Intermag Joint Conferenceで更新した面記録密度の最高値は63.8Gビット/(インチ)2にとどまった。このときの発表内容からは、同社が垂直記録方式に特有の雑音の解消に四苦八苦しているさまがうかがえた。垂直記録方式の要といえる記録媒体に全く新しい材料を用いたのである。同社が採用したのはCoとPdの薄膜を何層も重ねる人工格子媒体で、一部の研究者は「本当に量産できるのか」と首を傾げた。

 日立製作所は2000年4月の報道発表時に一つの「公約」を掲げていた。「今回の成果を平成14年(2002年)に製品化を計画している面記録密度が12.4~15.5ギガビット/平方センチ(80~100ギガビット/平方インチ)級のハードディスクから順次採用していく予定です」(当時の発表資料)。この公約は結局果たされなかった。