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 冬の時代を過ごした垂直記録の研究開発が、ついに反撃ののろしを上げた。日立製作所の研究チームが、垂直記録で最高の面記録密度を実証したのだ。一気に研究開発は、磁気記録の最前線に返り咲いた。もちろん、ライバル企業も負けてはいない。東芝では、田中陽一郎氏を中心にした研究チームによる開発が立ち上がっていた…。

※本記事は、2006年発行の『日経エレクトロニクス』に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

こっそり愛媛大学へ

 ヘッドと記録媒体を手にした田中らは、両者を用いた記録密度の測定に歩を進めた。彼らは、ここでまたつまづく。測定に必要な装置が足りない。

 ヘッドと媒体から成る記録再生系の実力を測るには、スピンスタンドという装置を使う。スピンスタンドにディスクを据え付け、高速で回転させた上に、ヘッドを浮上させて再生波形を取り出す。ここまでは東芝の設備でもできた。問題はその先である。再生波形から、記録したビット列を復元する手段がないのだ。

 波形からデータを取り出すために、HDDは信号処理を担うLSI、通称リード・チャネルを搭載している。垂直記録方式の再生波形は長手記録方式と違うので、これをそのまま使うわけにはいかない。しかも、垂直記録方式ではどのような信号処理が適しているのか手探りの状態だ。大手HDDメーカーならば、ここでソフトウエアで実装したチャネルを用いるところである。ところが、東芝はこの技術を持っていなかった。

 田中は、PRML方式を用いたチャネルの研究で有名な愛媛大学に協力を仰ぐ。同大学には、スピンスタンドと大型計算機を組み合わせて、記録再生系から得た波形をソフトウエア・チャネルに通してビット列を再生できる装置があった。他のメーカーに情報が漏れないように、担当者はこっそりと四国へ向かった。松山市の中心部、松山城と道後温泉の間にある愛媛大学へ、記録媒体とヘッドを持参して訪れた。

 測定の結果、実用的な誤り率のときの面記録密度は11Gビット/(インチ)2になることが分かった。当時の製品を上回るまずまずの値だ。しかし、最先端とはいえなかった。測定結果が明らかになった1999年には、富士通や米Read-Rite Corp.が長手記録方式で20Gビット/(インチ)2を超える記録密度を競っていた。

 翌2000年4月の「Intermag2000」で、田中はこの単層垂直記録媒体を評価した結果の一部を発表した。同じ学会で、日立製作所の高野は垂直記録方式を用いて52.5Gビット/(インチ)2を実証したことを華々しく発表し、一躍時の人になっていた。

東芝で垂直記録方式を用いたHDDの研究開発に携わった研究者。左から田口知子氏、下村和人氏、田中勉氏、山本耕太郎氏、田中陽一郎氏。(写真:久保田史嗣)