2020年1月中旬、関東で建設中のあるマンションが施工の最終段階を迎えていた。施工者は長谷工コーポレーションである。
同社は19年度、工事完了前に実施する検査業務の抜本的な改革に乗り出した。マンションの場合、1部屋ごとに測定器を持ち込み、照度や通気口の風速、配管の水圧などを測定して回る。地味な作業だが、これを終えて不具合がないことを確認してからでないと、建て主にマンションの引き渡しができない。
測定結果に異常が見つかれば、該当箇所は施工をやり直して、検査に合格するように修正しなければならない。検査は施工者として手が抜けない大事な業務だ。
しかし、検査作業は人手に負うところが多く、非効率になりがちだった。測定結果を紙に書き留め、事務所に戻ってからパソコンに打ち込み直すといった「転記」が日常的に行われていた。
これだけでも相当な無駄がある。しかも入力ミスが起こり得る。何も長谷工に限った話ではなく、建設業界全体にあてはまる長年の課題だった。
建設現場の人手不足が深刻になる中、検査業務の改革は待ったなしになっている。現場の働き方改革が急務と考えた長谷工は協力会社と一緒になって、19年度から検査業務をデジタル活用(デジカツ)で見直すことにした。
19年度は約20カ所の現場で、新しい検査の仕組みをトライしている。そして20年度後半には、一気に全現場(70~80カ所)に導入する計画で準備を進めているところだ。
私は今回、どこのマンションかは明かさないことを条件に、新しい検査スタイルを試している現場を見に行くことを許された。真冬の寒い中、担当者がマンションの各階を回って検査項目を1つずつ測定して回る様子を取材した。そこでは当然のように、いくつものITが使われていた。
上の図の仕組みで検査をしているマンションを訪れると早速、最初の部屋に案内された。1階にある管理人室だ。ここでは天井にある換気扇の風速を測定する。
換気扇にグレーの大きな筒を当て、風を集める。そこに測定器の細長い棒を差し込んで、風速を見る。担当者はタブレットのiPadを肩にかけており、ここに結果が記録される。
アリアテクニカ(大阪府箕面市)の測定器「ワイヤレス風速・温度計」とiPadはBluetooth(ブルートゥース)の無線通信で連携している。iPadに入れたレゴリス(東京都豊島区)の管理ソフト「SPIDERPLUS(スパイダープラス)」に、検査データが自動入力されていく。
SPIDERPLUSは建設現場ではかなり普及しているソフトウエアだ。もともとは、現場の図面や写真をペーパーレスで管理するために開発されたものである。近年は測定機能の拡充が進んでいる。
換気扇は設計した風速の値に対して、測定値がその数字を超えているかどうかで検査の合否を判定する。
ここで注目したいのは、検査作業を1人の担当者だけで実施している点だ。iPadに無線で測定結果が記録されていくので紙に手書きする必要がなく、1人で検査できるようになった。従来は、測る人と記録する人の2人1組で行動するのが普通だった。