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 地上12階建てのオフィスビルの中央を貫く、高さが約60mある巨大な吹き抜け(アトリウム)。その形は非常に複雑な多面体で構成されている。

 清水建設が東京・江東で開発を進める新街区「ミチノテラス豊洲」。その中核を成すオフィス棟「メブクス豊洲(MEBKS TOYOSU)」の2階にあるエントランスロビーに足を踏み入れると、誰もが天井に開いた大きな穴に驚き、吹き抜けを見上げる。

 屋根のトップライトまで貫通した吹き抜けは存在感たっぷりで、圧巻だ。渓谷をイメージしたというデザインを採用している。そう言われると、まるで地層がむき出しになった谷間のように思えてくる。

「渓谷」をイメージしてデザインした複雑な形状の吹き抜け(写真:日経クロステック)
「渓谷」をイメージしてデザインした複雑な形状の吹き抜け(写真:日経クロステック)
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 2021年11月からテナントの入居が始まったメブクス豊洲については、直後に速報済みだ。ミチノテラス豊洲の街開きは、22年4月を予定している。

「メブクス豊洲」の外観(写真右)。その奥に立つのがホテル棟で、2022年4月に開業予定(写真:日経クロステック)
「メブクス豊洲」の外観(写真右)。その奥に立つのがホテル棟で、2022年4月に開業予定(写真:日経クロステック)
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 私は22年1月に再度、メブクス豊洲を訪れた。オフィスビルの採光の要になっている吹き抜けの秘密を探るためだ。担当者の1人はこのコラムの記念すべき第1回に登場した、当時入社3年目だった清水建設の女性社員である。

 私は清水建設の関係者一同とエントランスロビーで待ち合わせをして、まずは全員で吹き抜けを見上げた。

メブクス豊洲のエントランスロビーから、巨大な吹き抜けを見上げる。右から2番目が私(写真:日経クロステック)
メブクス豊洲のエントランスロビーから、巨大な吹き抜けを見上げる。右から2番目が私(写真:日経クロステック)
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 私は約2年半ぶりに、開業したばかりのメブクス豊洲の吹き抜けの下で、この女性社員、竹内萌氏と再会することができた。彼女は現在、設計本部デジタルデザインセンターデジタルソリューショングループに所属している。清水建設の設計者が利用するシステム「Shimz DDE(デジタルデザイン・エンハンスメント・プラットフォーム)」を普及する立場になっていた。

 最初に取材した19年8月時点では、吹き抜けを通過するトップライトからロビーまでの反射光のシミュレーションをすることで、年間の平均照度が最大になる屋根形状を検討する仕事をしていた。いわゆる、「コンピュテーショナルデザイン」である。

吹き抜けを通ってロビーの床まで差し込む反射光をシミュレーションし、屋根の形状を検討。担当したのは、設計本部デジタルデザインセンターデジタルソリューショングループの竹内萌氏(写真:日経クロステック)
吹き抜けを通ってロビーの床まで差し込む反射光をシミュレーションし、屋根の形状を検討。担当したのは、設計本部デジタルデザインセンターデジタルソリューショングループの竹内萌氏(写真:日経クロステック)
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 コンピュテーショナルデザインとは、設計に入る前のコンセプト固めやスタディー、シミュレーションなどを、コンピューターで実行するものだ。より良いデザインを見つけるための、設計の前処理といえる。使うツールは、3Dモデリングソフトの「ライノセラス(Rhinoceros)」と、そのプラグインソフトで3D形状をアルゴリズムを生成して検証できるグラフィカルエディターの「グラスホッパー(Grasshopper)」がベースになっている。

 清水建設は入社10年以内の社員を中心に、17年下期からコンピュテーショナルデザインを含むShimz DDEの研修を進めてきた。竹内氏も受講者の1人で、私は研修の様子を取材したのだ。21年度末には、研修済みの人数が400人に達する見通しである。

 入社5年目になった竹内氏が完成したメブクス豊洲の吹き抜けについて、改めて説明してくれた。このビルのオフィス専有部は1フロアが約2000坪(約6600m2)と、都内有数の広さを誇る。1フロアがこれだけ大きいと、周囲の窓から入る光がオフィスの中央付近まで届かず、かなり暗くなってしまう。フロア中央部に明かり取りの吹き抜けを設けるのは、設計の前提条件になっていたという。

 各階に設けた吹き抜けの穴は、氷河の裂け目を意味する「クレバス」と呼ばれている。クレバスは長い方の直径が約30m、短い方が8mほどある細長い多面体をしている。どの階のクレバスも異なる形をしている。クレバスを少しずつずらすことで、吹き抜け越しに他のフロアが多少見えるようにしているのだ。相手の気配を感じ、共創を促そうとしている。

各階に設けた吹き抜けの穴(クレバス)は形がばらばら(資料:清水建設)
各階に設けた吹き抜けの穴(クレバス)は形がばらばら(資料:清水建設)
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最上階(12階)のトップライトからロビー(2階)まで貫く、高さが約60mある吹き抜け全体のイメージ図(資料:清水建設)
最上階(12階)のトップライトからロビー(2階)まで貫く、高さが約60mある吹き抜け全体のイメージ図(資料:清水建設)
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 トップライトから差し込む光は様々な角度で反射を繰り返しながら、階下に落ちていく。そこで最適な屋根と開口の形状を決定するのに、反射光のシミュレーションが必要になった。竹内氏はコンピュテーショナルデザインで屋根形状を検証し、問題を解いたというわけだ。

トップライトからの光が吹き抜けでどう反射するかをコンピュテーショナルデザインで確認した(資料:清水建設)
トップライトからの光が吹き抜けでどう反射するかをコンピュテーショナルデザインで確認した(資料:清水建設)
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ロビーまでの年間平均照度を最大化する(資料:清水建設)
ロビーまでの年間平均照度を最大化する(資料:清水建設)
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 屋根とトップライトの形状は、約40万通りも検証している。コンピューターを使わなければ、到底できない回数である。それほど反射光にこだわったのは、建物に直射光を極力入れないためである。

 屋内に直射光が入るとまぶしいし、夏場は暑くなるので避ける必要があった。海沿いに立つメブクス豊洲には遮るものがなく、太陽光がさんさんと降り注ぐ。日射対策をしないと空調コストが跳ね上がり、エネルギー効率が悪い。

 メブクス豊洲は再生可能エネルギーを除き、一次エネルギー消費量水準を基準一次エネルギー消費量から50%以上削減した「ZEB Ready(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル・レディ)」の認証を取得している。そのためにも直射光は避け、反射光をうまく利用する必要があった。

屋根回りの反射光を見える化したもの(資料:清水建設)
屋根回りの反射光を見える化したもの(資料:清水建設)
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