パソコンに映し出された、設計中であるコンサートホールのイメージ映像。同じものを3次元のVR(仮想現実)空間に正確に再現し、映像をヘッドマウントディスプレー(HMD)をかぶって見る。同時に高性能なヘッドホンを身に着け、ホール内で聞こえる音の響きを疑似体験する。
今回のデジタル活用(デジカツ)は、HMDとヘッドホンを組み合わせた、建物内の音環境のバーチャル体験を紹介する。最近の大型複合施設には、劇場やホールを内包するものが多い。専用劇場だけでなく、大小様々なホールの建設ニーズは必ずある。その設計段階で最も気になる音の響き具合の検証に、フォーカスを当てる。
劇場やホールを建設する際、内部の音響が想定通りになっているかを、どうやって確かめたらいいのか。施設が完成してからでは、空間や内装といった音の反射に影響を与える要素の変更が難しい。それでも変更するとなれば、大幅なコストアップを覚悟しなければならない。
そうならないために、高い品質の音環境を求める発注者なら、建設に入る前の設計段階で音響を確認しておきたいところだ。
こうした顧客の要望に応えるため、竹中工務店は以前から劇場やホールの音の響きを設計段階で疑似体験できる室内音場シミュレーター「STRADIA(ストラディア)」を提供してきた実績がある。
同社が開発した独自システムで、千葉県印西市にある竹中技術研究所で体験できる。44個のスピーカーに囲まれた専用ルームだ。
部屋の前方3面に、大きなスクリーンがある。設計している建物の完成後の内部空間イメージを映し、見た目をHMDなしで体験できるようにしている。こうすれば、設計段階で内観イメージと音環境を同時に確認できる。
40年近い歴史があるSTRADIAは改良を重ね、現在に至る。竹中技術研究所の自慢のシステムだ。音の再現度は高く、クライアントからは評判がいいという。
ただし、STRADIAは開発当初から大きな課題を抱えていた。劇場やホールの音環境を再現するには、大掛かりな機材が必要である。専用ルームを整えた研究所まで行かなければ、体験できない。
クライアントには、成田空港に近い印西市の研究所まで足を運んでもらう必要がある。移動の手間がかかった。
そこで冒頭の写真のように、HMDとヘッドホンを組み合わせて、客先まで持ち運べる「可搬型音場シミュレータ」を2022年12月に新たに開発した。私は22年末にそちらも体験した。
可搬型音場シミュレータは、STRADIAで培った音の再生機能とHMD越しに見るVR映像を同期させて、あたかも完成した劇場やホールの中でステージを見ながら音を聴いているような環境をつくり出せる。客席に観客はいないものの、内部仕上げの表現力はかなり高い。
私が体験したのは、実在する劇場の内部空間を再現したVR映像を見ながら、ステージでオーケストラがクラシック音楽を演奏したときを想定したものだ。会場のほぼ中央にある自分の座席位置で、どのように音が聞こえるかを試させてもらった。
私たちが現実の会場で聴いている音楽の音色は、ステージ(音源)から自分の耳に直接届く音(直接音)だけでなく、壁や床、天井などに当たって反射した音(反射音)を含めた集合体としての音だ。劇場やホールの設計では、壁や床、天井などの高さや形状、素材を緻密に検証することで、反射音がどう変わるかを比較する必要がある。
例えば、床がコンクリートか、木板かでは、音の反射は全く異なる。床にじゅうたんを敷けば、吸音材の代わりになって反射音は減る。つまり、音環境の設計は内装仕上げに大きく関わるので、劇場の雰囲気づくりと音の聞こえ方は同時に検証すべきなのだ。
VRを見ている間、劇場内を見回すように首の向きを変えると、音の聞こえ方も変化する。動作検出センサーが付いているので頭の動きを感知でき、耳に届く音の変化を反映して再現している。
こうした音の生成と人の動きに追従できる再現機能を総称して、竹中工務店は「高臨場感可聴化システム」と呼んでいる。可搬型音場シミュレータで体験できることの1つが、この機能だ。
設計段階で劇場やホールの音の聞こえ方を検証できるのは、クライアントにとってありがたいことだ。開催を予定している主要な演目で、どんな反射音が理想的かを疑似体験で確かめられるので安心感がある。可搬型音場シミュレータが完成し、視聴は簡単になった。
音のシミュレーションを通して、「もう少し天井を高くし、代わりに室内幅を狭めた状態の反響音も確認させてもらえないか」といった要望を竹中工務店に出すことが設計段階なら可能である。大きな手戻りを発生させない設計の工夫だ。
空間の形状が変われば、座席数や配置も変わる可能性がある。用意すべき座席数などホールに求められる与条件の中で、理想に近い音環境を追求しやすくなる。