テレワークや在宅勤務の浸透で、出社する人が少なくなった職場。長時間労働の是正も重なり、夜になるとオフィスが閑散としている会社が増えたのではないだろうか。一昔前のような「不夜城」の企業は鳴りを潜め、オフィスの明かりが早々に消えてしまうところも少なくない。
そこでこんな場面をイメージしてほしい。ある日、久しぶりに会社で残業していたら、職場の照明が消えた。午後10時になると、一斉に明かりが消える決まりになっている。周りを見渡すと、オフィスには自分独りだけ。みんな帰ったようだ。そろそろ自分も仕事を切り上げようとしたそのとき、大きな揺れを感じた。地震だ。
真っ暗なオフィスで地震に遭遇し、気が動転しているさなか、エレベーターホールの方から「バチバチ」と大きな音が聞こえてきた。地震で電気系統が損傷し、火花が飛んだ。そして火災が発生した。
暗闇の中に、炎が見える。すぐに逃げなければならない。しかしエレベーターは使えないかもしれない。
「非常口はどこだ?」
限定的なシチュエーションではあるが、絶対にないとは言い切れない状況である。夜のオフィスで地震や火災が発生したときに備えて、避難訓練を実施しておくのが理想的だ。
だが毎年避難訓練(消防訓練)を欠かさない会社でも、夜間に行った実績があるところは少ないはず。まして、今はコロナ禍。人が密集しやすい避難訓練そのものを延期・中止している会社があっても、不思議ではない。
そんな中、日建設計は2020年と21年のコロナ禍に、東京本社ビルで50~100人規模の避難訓練を実施した。といっても、VR(仮想現実)を利用したバーチャル避難訓練である。
パソコンから参加できるので、コロナ禍でもリモートで体験できる。オフィスを丸ごと再現した画面に、参加者のアバターが表示される。逃げ遅れている人や、非常口にたどり着くまでにかかった時間などが個別に分かる。
この仕組みは、日建設計がジオクリエイツ(東京・港)と共同開発した「バーチャル避難訓練対応VRツール」で構築したものだ。事前にオフィスを撮影してバーチャル職場を整備し、その中をアバターを操作して避難する。職場そのものを再現しており、「参加者の記憶に残りやすいと考えられる」(日建設計品質管理部門品質管理グループ設計品質管理部の染谷朝幸ダイレクター セーフティエンジニア)。
VR避難訓練のメリットは、遠隔で参加できることだけではない。同時に複数の人が同じ災害環境を体験できるうえ、様々な状況をつくり出せる。「避難訓練そのものが難しい病院や商業施設でも、VRなら実施できるだろう」(染谷ダイレクター)
すっかり前置きが長くなった。私は22年1月に日建設計の東京本社ビルを訪れ、VR避難訓練を体験させてもらった。
「最近、地震が多いな」と感じているのは、私だけではないだろう。コロナ禍での避難訓練はどうしたらよいか、知っておきたかった。
しかも日建設計に依頼し、冒頭で想定した「夜間消灯時の職場で火災が発生」という状況を用意してもらった。現実の避難訓練では難しいが、VR空間なら夜の設定が簡単にできる。この場合はよりリアルにするため、夜間の消灯時にオフィスを撮影した素材を使ってバーチャル職場を構築している。
果たして私は、無事に避難できるのか。
用意されたバーチャル職場は、東京本社ビルの1フロアだ。私にとっては、なじみがないビルで火災に巻き込まれた状況といえる。オフィスのレイアウトや非常口の場所が分からない。この状況は私のような訪問客だけでなく、他の拠点からたまにやって来る会社の同僚などにも当てはまる。逃げ道が頭に入っていない。
災害はいつどこで発生するか分からないもの。VR避難訓練もいきなりスタートした。マウスでアバターが進む方向を選択し、炎を避けながら非常口まで逃げる。
種明かしのように、実際のオフィスに案内してもらった。VRで見たままの職場だ。
VR避難訓練は、職場環境の加工も容易だ。例えば、非常口誘導サインの位置をVR空間上で変更し、参加者が避難するのにかかる時間を比べられる。
建物のデジタルツインを使ったA/Bテストである。