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会場で体験する人は「出演者」の1人になる

 1回の公演で体験できるのは、わずか10人。HMDと電動車椅子をそれぞれ10台ずつ使う。そしてイレブンプレイのダンサーが5人。体験者を含めた合計15人がborder 2021の「出演者」になる。

体験者とダンサーの合計15人全員がborder 2021の「出演者」になる(写真:日経クロステック)
体験者とダンサーの合計15人全員がborder 2021の「出演者」になる(写真:日経クロステック)
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自分以外の体験者は鑑賞対象にもなる(資料:ライゾマティクス)
自分以外の体験者は鑑賞対象にもなる(資料:ライゾマティクス)
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 コロナ禍での開催になるため、会場での体験に加え、「特設オンライン会場」でのネット鑑賞が用意されている。実際の会場とネット配信の両方で、リアルタイムに楽しめるダンスパフォーマンスである。

 オンラインではVR/ARの映像の他に、高い位置から見た会場全体の様子やオペレーションをしているスタッフ、公演と公演の合間(幕間)の体験者とダンサーの入れ替えに至るまで、今まさに会場で行われている全てを、オンラインカメラを自由に切り替えながらライブ(生放送)で見られるようにする予定だという。

体験者には、写真左の客席から会場全体を見られる時間が用意されている。オンラインでは同様の高さから俯瞰(ふかん)できる映像も配信する予定だ。HMDと肉眼の鑑賞では、別々の公演を見ているように感じる(写真:日経クロステック)
体験者には、写真左の客席から会場全体を見られる時間が用意されている。オンラインでは同様の高さから俯瞰(ふかん)できる映像も配信する予定だ。HMDと肉眼の鑑賞では、別々の公演を見ているように感じる(写真:日経クロステック)
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 記事中の写真を見れば明らかだが、客席から見える会場での公演の様子と、体験者がHMDで見ている世界は全く違う。オンラインなら、その両方を視点を切り替えながら楽しめる。

HMDの視点例。白いボックスは本物か、それとも実在しないバーチャルな箱か(資料:ライゾマティクス)
HMDの視点例。白いボックスは本物か、それとも実在しないバーチャルな箱か(資料:ライゾマティクス)
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 ニューノーマル(新常態)の時代には、リアルの会場での体験とネットでの鑑賞が同時に提供されるのがスタンダードになるに違いない。そのために必要な空間や機材、スキルを知る意味でも、21年2月時点での到達点を確めておきたいものだ。オンライン鑑賞なら、緊急事態宣言下でも自宅から参加可能なので安心だろう。

 体験者は一人ひとりが、WHILL(横浜市)製の電動車椅子「WHILL(ウィル)」に乗る。約10分間の体験中、車椅子からは降りられない。プログラムでルートを制御された車椅子同士は、ソーシャルディスタンスが保たれている。HMDをかぶっていると時間の感覚が薄れ、10分はあっという間に過ぎると私は感じた。

 出演するダンサーは全員、マスク姿で踊る。このスタイルは15年と同じで、偶然にもコロナ禍にフィットした。ダンサー同士の飛沫感染も防ぎやすい。21年に再演を可能にした理由の1つは、ここにある。

 HMDと電動車椅子には球状のマーカーが複数付いており、移動中の位置を天井に取り付けたモーションキャプチャーカメラで追跡している。現実世界にバーチャル映像をぴったり重ね合わせて表示するには、正確な位置情報の取得が不可欠になる。

体験中は制御された電動車椅子に身を任せるしかない。HMDの映像を見ていると、自分が今どこを移動しているのか認識しにくい。しかし球状のマーカーで位置情報は取得できている(写真:日経クロステック)
体験中は制御された電動車椅子に身を任せるしかない。HMDの映像を見ていると、自分が今どこを移動しているのか認識しにくい。しかし球状のマーカーで位置情報は取得できている(写真:日経クロステック)
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 会場空間のデジタルツインは静的だが、人や車椅子は動的で常に位置が変わる。会場に置かれた白い縦長のボックスも内部に車輪が付いており、滑るように動く。

 動く物体をデジタル空間にいかに精度よく取り込むかは、デジタルツインの活用で大きな課題になる。15年にborderを初演したときは、必要な機材を外部から全て購入するのは困難で、機器の多くをライゾマティクスのエンジニアが自作した。VR/ARがまだ珍しく、自動運転が騒がれ始めたばかりのころである。

 それが今ではデバイスのほとんどを調達できるようになり、しかも映像の表現力は格段に高くなった。ヘッドホンから聞こえてくる音も、初演から関わるサウンドアーティストのevala氏によって、立体音響へとアップデートされている。