東京・お台場と豊洲、シンガポール、中国・上海、マカオ──。世界中でアート作品の常設展示施設を次々と開設しているチームラボ(東京・千代田)が、今度は京都に常設施設を立ち上げることになった。オランダなどでも計画が進行中だ。
京都市は2021年3月、京都駅東南部エリアにある市有地の活用で公募型プロポーザルを実施。新施設の設置・運営を担う契約候補事業者に、チームラボを代表企業とする「京都駅東南部エリアプロジェクト有限責任事業組合」を選定した。そこにできるアート複合施設の延べ面積は、想定で7500~9000m2と広い。
世間を驚かせたのは、市有地の貸付希望期間が60年と長いことだ。アート作品の展示空間を60年も借り続けるのは、かなりリスクがあるのではないか。
私はこの疑問を、チームラボの猪子寿之代表にぶつけてみたかった。しかし3月に、猪子氏は日本にいなかった。コロナ禍ではあるが渡米し、フロリダ州のマイアミに約1カ月間、滞在していたという。
マイアミで間もなく開業する予定のアート施設「Superblue Miami(スーパーブルー マイアミ)」で、チームラボはオープニング展「Every Wall is a Door」を飾るメンバーの一員に選ばれた。その準備のため、猪子氏はマイアミにいた。
日本でも人気が高い米国のアーティストであるジェームズ・タレル氏らと共に、チームラボはSuperblue Miamiで大規模な作品「teamLab:Between Life and Non-Life(生命と非生命の間)」を展示する。期間は少なくとも22年までとされており、数年間に及ぶ可能性があるという。
Superblue Miamiは、米メガギャラリーであるPace(ペース)が手掛ける新しいアート事業「Superblue」が展開する施設だ。体験型のアートを中心に提供する。
帰国した猪子氏は、日本で2週間の隔離生活を送ることになった。その期間が過ぎた翌日、4月15日にオープンする直前の新作展示会場に現れた。
場所は岡山市。作品の展示場所は、旧醤油(しょうゆ)蔵の地下である。
真っ暗な地下空間で、私は猪子氏に会った。赤く光るランプとお茶が入ったグラスの説明に耳を傾けつつ、京都やマイアミへの進出についても話を聞くことができた。
岡山の新作「TeamLab:Tea Time in the Soy Sauce Storehouse(チームラボティータイム)」の展示期間は、22年3月末までの約1年間だ。ただし好評なら、会期延長もあり得るという。
展示会場である「福岡醤油ギャラリー」は、明治時代に建てられた主屋と昭和時代初期に建てられた離れから成る建物だ。かつては醤油製造蔵や市民銀行の窓口として使われていた。この「旧福岡醤油建物」を公益財団法人石川文化振興財団が改修し、文化施設に変えた。チームラボの作品は、こけら落としの展示になる。
福岡醤油ギャラリーの階数は、地下1階・地上2階建て。構造は木造、地下は一部鉄筋コンクリート造。延べ面積は約822m2ある。
敷地は、日本三名園の1つである「岡山後楽園」の玄関口に位置する。城下町として栄えた、歴史ある場所だ。戦時中は岡山の市街地では唯一、空襲の被害を受けず、古い町並みが残った地域でもある。JR岡山駅からタクシーで約10分の距離だ。
同エリアには石川文化振興財団が19年から推進する、アーティストと建築家のコラボレーションによるホテルプロジェクト「A&A」の宿泊施設もある。カフェも多く点在する。
常設展示や1年以上の長期展示にこだわる理由を尋ねると、猪子氏はじっくり考えた末、こんな回答をした。
「僕たちが制作している(デジタルアート)作品にかかるコストを回収するには、3カ月ほどの展示期間では短すぎることが分かった。毎回、費用の持ち出しになってしまう。それを続けていたら、行き詰まるのは目に見えていた。それなら自分たちで施設を用意して常設展示する、もしくは長期間展示させてもらえるパートナーと組む、という考えに至った」
猪子氏は端的に言うと、「アートファーストでいたかった」と表現する。展示期間を気にして作品を制作するのは、アートファーストではないという。その方向には進みたくなかった。
チームラボの作品の多くが「体験型」であることも、常設や長期展示へのこだわりを強くしている。お台場で18年にオープンした常設施設「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス(teamLab Borderless)」は、東京を代表する観光スポットに育った。初年度には年間230万人が来場。料金(税込み)は大人が3200円と、決して安くはない。
そこで自信を深めたのだろう。猪子氏は続ける。
「teamLab Borderlessは、アート体験に対して対価をいただき、投資回収するモデルに挑戦したものだ。多少の入れ替えはあるにせよ、同じ作品を展示し続けても、楽しい体験ができれば、すぐに飽きられることはない。それを証明できた」
京都でもマイアミでも岡山でもアートを販売するのではなく、そこでしか味わえない体験を提供する。そのための場所や施設を長期的な視野で、自分たちやパートナーと一緒につくる。京都では関西を地盤とする複数のメディア企業などと事業組合を設立し、市の公募に参加した。
現在はコロナ禍で、京都から訪日外国人が消えてしまっている。しかし長い目で見れば、インバウンド需要は回復すると猪子氏は見る。お台場のteamLab Borderlessは、来場者の約半数が外国人だ。そう考えると、日本を代表する観光地である京都は外国人観光客が押し寄せる街であり、「京都にも常設施設をつくりたいと思っていた」(猪子氏)。
JR京都駅の近くに大きな敷地を確保し、作品を常設して体験を提供する。公募は、そんな施設をつくれる、またとないチャンスだったわけだ。