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 AI(人工知能)で建築設計は自動化できるか。今回のデジタル活用(デジカツ)は、その検証に一歩踏み出した実用化プロジェクトを紹介したい。世界的に見ても、まだほとんど例がない挑戦だという。

 手を組んだのは、日鉄エンジニアリング(東京・品川)とRidge-i(リッジアイ、同・千代田)、noiz(ノイズ、同・目黒)の3社だ。日鉄エンジニアリングは物流施設の設計・施工ノウハウ、Ridge-iはAIの開発力、noizはコンピュテーショナルデザインというそれぞれの強みを持ち寄り、物流施設を効率的かつ最適に設計することを目指した、建築設計プロセスへのAI活用の研究を開始。2021年3月末に「物流施設平面自動設計ツール(ALPS)」の最初の開発を完了した。

 ALPSを使うと、何をどこまでできるのだろうか。長年、物流施設を取材してきた私は非常に興味があり、日鉄エンジニアリングのオフィスを訪ねた。3社のキーパーソンが一堂に会した場で、率直な質問をぶつけてきた。

「物流施設平面自動設計ツール(ALPS)」の主要な開発メンバー。一番右が日鉄エンジニアリング建築本部設計技術部建築設計室の大塚崇之マネージャ。右から3番目がAIを開発しているRidge-iの西野剛平VPoE。一番左がnoizの豊田啓介氏。右から2番目は私(写真:日経クロステック)
「物流施設平面自動設計ツール(ALPS)」の主要な開発メンバー。一番右が日鉄エンジニアリング建築本部設計技術部建築設計室の大塚崇之マネージャ。右から3番目がAIを開発しているRidge-iの西野剛平VPoE。一番左がnoizの豊田啓介氏。右から2番目は私(写真:日経クロステック)
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 ALPSに敷地の形状や車路(接道)、駐車場領域などの条件を入力すると、物流施設の平面プランが複数生成され、設計者に提示される。それらの平面プランを参考にしながら、設計者は機能性やコストなどを比較して企画案を幾つか選び、クライアントに素早く提案。方向性の合意を得て、基本設計に進む。

 こうすることで、「経験が浅い設計者でも平面プランの企画段階で検討漏れが減り、様々な可能性を加味したうえで設計作業に入れる。結果的に、クライアントとやり取りする期間を短くでき、かつ最適な平面プランになる確率が高まると見ている」(日鉄エンジニアリング建築本部設計技術部建築設計室の大塚崇之マネージャ)。

ALPSを試行する日鉄エンジニアリングの設計者。写真は利用場面の想定イメージ(写真:日鉄エンジニアリング)
ALPSを試行する日鉄エンジニアリングの設計者。写真は利用場面の想定イメージ(写真:日鉄エンジニアリング)
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ALPSの画面例。複数の平面プランを自動生成し、設計者に提示する(資料:日鉄エンジニアリング、Ridge-i)
ALPSの画面例。複数の平面プランを自動生成し、設計者に提示する(資料:日鉄エンジニアリング、Ridge-i)
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 つまり、物流施設の企画段階でAIを使い、平面プランの抜け・漏れを防ぐ。クライアントの選択肢を適正にしつつ、設計の手戻りを減らす。AIを使うと、設計者が気づかない平面プランが見つかる可能性もある。

ALPSを使った物流施設設計の業務フロー(資料:日鉄エンジニアリング、Ridge-i)
ALPSを使った物流施設設計の業務フロー(資料:日鉄エンジニアリング、Ridge-i)
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 そもそも、なぜAI活用の最初のターゲットを物流施設にしたのか。理由は大きく2つある。1つは、物流施設は建築設計に必要な入力情報や制約条件が初期段階でかなり明確であること。もう1つは、この先も成長が見込める建築領域であることだ。

 コロナ禍の外出自粛要請でネット通販の個人利用が急拡大しており、物流需要がこれまで以上に顕在化している。大都市の周辺エリアでは、物流施設の建設競争が激しさを増すばかりだ。物流施設を提供する外資系企業や大手デベロッパーが相次いで大型投資を表明し、ネット通販を強化したい企業などに最新の物流施設を提供しようともくろんでいる。

 首都圏でいえば、千葉・埼玉・神奈川の郊外で高速道路に近いエリアは、さながら「物流銀座」になっている所が目立つ。東日本大震災以降、それまで人気だった湾岸エリアから内陸部に物流施設の立地のトレンドが移りだし、加速しながら今に至る。

 そんな中、日鉄エンジニアリングは鉄鋼系というユニークな特徴を打ち出して存在感を高めている。物流施設の建設に欠かせない鉄骨の知見を生かし、過去15年で40棟を竣工。累計の受注面積は約270万m2に上る。

 21年5月12日には、三井不動産から受注した大型物流施設「三井不動産ロジスティクスパーク海老名I」(神奈川県海老名市)に着工したところだ。地上6階建ての鉄骨造の施設で、延べ面積は約12万2000m2。使用する鉄骨の重量は約1万6000トン。22年9月30日の竣工を予定している。

日鉄エンジニアリングが三井不動産から受注した物流施設「三井不動産ロジスティクスパーク海老名I」の完成イメージ(資料:日鉄エンジニアリング)
日鉄エンジニアリングが三井不動産から受注した物流施設「三井不動産ロジスティクスパーク海老名I」の完成イメージ(資料:日鉄エンジニアリング)
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 このタイミングで日鉄エンジニアリングがAIに目を付けたのは、必然なのかもしれない。旺盛な物流施設の需要に対し、供給側が素早く応えられる体制の構築が急務だからだ。そんな折に、建築設計のコンピュテーショナルデザインでは日本の第一人者の1人である豊田啓介氏らが共同主宰するnoizが、日鉄エンジニアリングと業務向けのAIに詳しいRidge-iをつなぎ、3社で協業をスタートさせた。

 物流施設を取り巻く環境は変わりつつある。この10年で建設に向く郊外の敷地はあらかた開拓されてしまい、「今後取得できる土地は(これまでは敬遠されがちだった)複雑な形状のものになっていく。それでも物流施設を早く建てたいクライアントからは、スピーディーなプラン提案を求められる」(大塚マネージャ)。

 しかも物流施設の建設は、設計の途中でクライアントの要望が大きく変更になることが珍しくないという。例えば、人手確保の問題はどこも深刻だ。物流施設が乱立し、働き手の人数が足りないところがほとんどである。そこで倉庫エリアよりも食堂や休憩室といった福利厚生環境を充実させるプランに変えて、他社より少しでも有利に求人を進められる施設にしたいと考え直す企業が出てくる。

 「企画段階ではトレードオフの関係にあるパラメーターに注目し、両極端なプランを知っておくことも大切だ」(大塚マネージャ)

 建設の可能性がある平面プランを企画段階でどれだけ網羅できるかが、今後はますます重要になってくる。3社はそんな網羅性の担保と効率化のために、AIを投入した。

 「最終的な1案をAIに提示させて採用することは、当分ない。だが条件を入れるだけで複数の平面プランをさっと表示してくれるAIは、企画立案には大いに役立つ」(大塚マネージャ)

 責任問題が伴う平面プランの決定をAIに任せることは、しばらくないだろう。ただ、平面プランを複数生成するといった力技は、AIが得意とするところだ。ALPSは現時点では、非常に現実的な使い方を想定している。