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 定員が100人の小さなスタジオに、歌手のDAOKO(だをこ)とバンドメンバーがそろい、2020年6月24日の夜にライブを開催。しかし、会場に観客の姿はない。ファンはスマートフォンやパソコンなどから、AR(拡張現実)のデジタル演出を施した、リアルタイムの動画配信を見ていた。

 その数、約7万人。自由にお金を支払える「投げ銭」の仕組みはあるものの、このときの動画視聴は基本的に無料だった──。

ライブ動画にAR(拡張現実)のデジタル演出を加え、ストリーミング配信したときの様子。2020年6月24日の出演者は、ラップシンガーのDAOKO(資料:渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト、au 5G/KDDI)
ライブ動画にAR(拡張現実)のデジタル演出を加え、ストリーミング配信したときの様子。2020年6月24日の出演者は、ラップシンガーのDAOKO(資料:渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト、au 5G/KDDI)
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AR用のカメラ(手前)で、ライブを撮影する。DAOKOとバンドメンバーを除けば、スタジオ内には数人のスタッフしかおらず、観客はゼロ。私はカメラのすぐ後ろで、例外的に現場に立ち合って取材した(写真:渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト、au 5G/KDDI)
AR用のカメラ(手前)で、ライブを撮影する。DAOKOとバンドメンバーを除けば、スタジオ内には数人のスタッフしかおらず、観客はゼロ。私はカメラのすぐ後ろで、例外的に現場に立ち合って取材した(写真:渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト、au 5G/KDDI)
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 新型コロナウイルスの感染拡大防止策として「3密」の回避が打ち出された20年2月末以降、大きな打撃を受けているのが音楽業界だ。ファン同士が会場内で濃厚接触しやすいライブイベントは当面、開催が難しいと言われている。そこで注目を集めているのが、オンラインでの動画配信である。

 いわゆる「無観客ライブ」の開催で3密を避け、ファンや出演者、スタッフ間の感染を防ぐ。代わりにライブの様子を配信する。

 理屈は分かるが、音楽ライブを楽しむという意味では制約が大きい。ミュージシャンが目の前で歌い、スピーカーから体を震わせるような音が響いてくる体験を知っている人には物足りないだろう。

 ライブを運営する側は、もっと大変だ。無観客では会場でのチケット販売収入は見込めないので、動画の視聴料や広告、グッズ販売などで稼がなければならない。しかし、「ネットはただ」という意識が一般に定着している中で、ライブ配信の有料化に道筋をつけるのはハードルが高い。

 生のライブ体験と比較して考えるのではなく、動画配信ならではの付加価値や新しい体験を生み出していく必要がある。要するに、視聴者がお金を払ってでも見たいと思うネットコンテンツとはどんなものかという話だ。

 今はまだ、明確な答えがない。ライブに関わる様々な立場の人たちが生き残りを懸けて知恵を絞り合っている。今回のデジタル活用(デジカツ)はそんな音楽業界の試行錯誤を、DAOKOの動画配信スタジオの現場取材を通して考察したものだ。

 一見、建築には無関係の話に思える。しかし、そんなことはない。この春に誕生した大型の複合施設や、これから完成する建物には、多目的ホールやライブスペースの含まれているものが数多くある。だがコンテンツがなければ、施設の先行投資を回収できない。

 新型コロナを経験したことで、この先計画されるイベントホールなどの建設では、キャパシティーの縮小が検討されるようになるかもしれない。適正な収容人数の概念が変わる可能性がある。すると施設は小さくなるかもしれないし、座席数を減らす代わりに空間にはゆとりを持たせた設計が求められるようになるかもしれない。音楽ライブはイベントホールのキラーコンテンツであることが多く、その鑑賞方法が変われば、建築物の設計も変わってくる。