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 「1700年代以降の建築記録が残っているの?」。私は思わず、声を上げた。

 竹中工務店で「竣工建物データベース(DB)」を整備し、データの有効利用を検討している設計者にインタビューしたときのことだ。対応してくれた東京本店設計部設備部門設備5グループの上杉崇課長は、建物を建築した年(西暦)が古い順にプロットした図を見せてくれた。最も古いデータは、何と1700年の記録だ。

竹中工務店の設計者である上杉崇氏(左)が約300年分のデータを蓄積している竣工建物DBについて、私に説明しているところ(写真:日経クロステック)
竹中工務店の設計者である上杉崇氏(左)が約300年分のデータを蓄積している竣工建物DBについて、私に説明しているところ(写真:日経クロステック)
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 関ケ原の戦いの10年後、1610年に現在の名古屋市で創業した竹中工務店(今の呼称になったのは1900年代になってから)は、その約100年後の1700年代初頭から、建築したお寺の情報を中心に記録し始めた。それから代々、建築記録を書き残し、竣工建物データとして2021年の現在まで受け継いできた。他社がまねしようにも絶対にできない、竹中工務店の「財産」である。

 今回のデジタル活用(デジカツ)は、この竣工建物DBについてだ。歴史好きにはたまらない話である。太平洋戦争の時期を除けば、竣工建物データはしっかり残っており、「先輩たちが記録し続けてくれたおかげで、現代にデータを使えるようになった」(上杉氏)。

 当然、長い期間、建築情報は紙に記録されてきた。それらを誰かがどこかのタイミングで電子化し、竣工建物DBに納めたわけだが、「誰が実行したのかはまだ、調べがついていない」という。竹中工務店のシステム導入の歴史を遡る必要がある。

竣工建物DBのデータを、左から古い順に並べたグラフ。記録が残る1700年代のものは、寺社仏閣の建築物が多数を占める(資料:竹中工務店)
竣工建物DBのデータを、左から古い順に並べたグラフ。記録が残る1700年代のものは、寺社仏閣の建築物が多数を占める(資料:竹中工務店)
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 竣工建物DBのデータを様々な切り口で整理した例を、幾つか見せてもらった。建築年は代表的な切り口の1つだが、他にも建物が立つ場所や用途、延べ面積などはよく使う。竹中工務店が過去300年ほどで手掛けた建築の傾向を読み解くことができる。

 1700年代の記録は、中身が10項目程度しか入っていなかったりする。それでも、どの建物をいつ、どこに建てたのかが分かるだけで一定の価値がある。1900年代に入ると鉄筋コンクリート(RC)造の建物が普及し始め、同時に竣工建物データの内容も充実していく。

 上杉氏は「300年分の建築データにはロマンを感じる」と語る。切り口次第では「脈々と続く『竹中らしさ』が浮き彫りになるかもしれない」と、胸を膨らませる。竣工建物DBの中身は極秘だが、簡略化したものを私は特別に見せてもらった。

竣工建物DBのデータを建築年や用途、延べ面積などで整理した結果の例(資料:竹中工務店)
竣工建物DBのデータを建築年や用途、延べ面積などで整理した結果の例(資料:竹中工務店)
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 近年のデータに注目すると、相関がある項目が見受けられる。例えば、上の図の右側から下側にかけて記載されている、建物の延べ面積と建物内に設置したEV(エレベーター)の台数、そして建物の用途で分析した結果がそうだ。

 延べ面積が大きい建物ほどエレベーターの設置台数が増える傾向にあるのは、分析しなくても想像がつく。だが建物の用途にまで踏み込んで調べると、延べ面積の大きさに伴うエレベーター台数の増加傾向は、建物の用途によって違いが出ることが明確になった。これがある種の「竹中流」なのかもしれない。

 上杉氏自身は病院の設計に関わることが多く、「これくらいの延べ面積の病院だとエレベーターが何台必要かを、設計前にある程度は想像できる。ただし、それは自分の経験に基づくもので、他の設計者の実績を含めたら傾向が異なるかもしれない。竣工建物DBを使えば、当社全体の傾向を簡単に知ることができる。経験が浅い設計者ほど参考になるだろう」と語る。

 竣工建物DBは使い方によっては、設計支援システムになるわけだ。竣工建物DBを竹中工務店の「設計ナレッジDB」と考えると、理解しやすい。

 竣工建物DBを使ったデータ分析システムはまだ、試作段階である。アクセスできる人は上杉氏を含めて、社内にごくわずかしかいない。「竣工建物DBの存在を知っている社員がまだあまりいない」(上杉氏)のが実情である。もともとは、建築情報のビッグデータを今後の設計業務に生かせないか検証するため、一部の設計者で始めたプロジェクトが基になっている。上杉氏はそのメンバーの1人だ。

 2021年になってようやく形が見えてきたので、設計以外の部門にも試してもらう機会を少しずつ設けている。すると当然ながら、「設計者と営業担当者では注目する項目が違ってくる」(上杉氏)。切り口の違いを集めたのが、下の図だ。

様々な部門の担当者に竣工建物DBを触ってもらった(資料:竹中工務店)
様々な部門の担当者に竣工建物DBを触ってもらった(資料:竹中工務店)
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