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 真夏の午後2時。気温が35度を超えた1日で最も暑い時間帯に、マンションを見上げる一団がいた。私もその中の1人だ。道路越しに見えるのは、東京・浅草で2022年6月に竣工した真新しい建物である。

 マンションの正面は、真西を向いている。夏の季節は午後2時ごろ、各住戸のバルコニーに立つ「斜めの壁」に一番きれいな影ができるという。それを大勢で見ていた。

 グレーの壁には確かに、鋭角の黒い影ができている。影に切り取られた壁が三角形に見えるところもある。影と住戸の奥まった部分の暗がりは、境目が曖昧だ。一番手前の黒い柵とも重なって見える。だから黒い部分がかなり強調される。

 夏の午後の強い日差しが、マンションの正面に不思議な幾何学模様をつくり出していた。

積水ハウスの賃貸マンション「プライムメゾン浅草イースト」。バルコニーに立てた、日よけのための斜めの壁(ブリーズソレイユ)が強い存在感を放っている(写真:日経クロステック)
積水ハウスの賃貸マンション「プライムメゾン浅草イースト」。バルコニーに立てた、日よけのための斜めの壁(ブリーズソレイユ)が強い存在感を放っている(写真:日経クロステック)
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 このファサードはいかにして生まれたのか。マンションを設計した、藤井亮介建築研究所(東京・千代田)の藤井亮介氏に話を聞いた。今回のデジタル活用(デジカツ)は、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ソフトなどを使ったファサードの設計だ。

 22年7月初旬、積水ハウスが展開する賃貸マンション「プライムメゾン浅草イースト」の内覧会が開かれた。都内の浅草駅と蔵前駅の中間、浅草のシンボルにもなっているアサヒグループ本社ビルそばの墨田区本所2丁目の幹線道路沿いに、このマンションは立っている。東京スカイツリーも近い。

 敷地面積は574.22m2、建築面積は400.76m2、延べ面積は2226.74m2だ。施工は日本建設(東京・千代田)が手掛けた。

 プライムメゾン浅草イーストは単身者もしくはカップルや子どもがいない夫婦など、1~2人での暮らしを想定した住戸で構成している。地上7階建てで、構造は鉄筋コンクリート造。総戸数は49戸で、間取りは1R、1K、1DK、1LDK、2DK、2LDK。住戸の専有面積は25.08m2~69.94m2、賃料は月額11万7000円〜28万円となっている。スペックだけ見ると、どこにでもある賃貸マンションに思える。

 ただし、現場に行ってみると、近隣に立つマンションとは明らかに違って見えた。斜めの壁のインパクトは大きく、シャープな外観や影の黒色を含めたモノトーン系の色使いが際立っている。意匠の好みは分かれるかもしれないが、私は若い住人をイメージしてつくったおしゃれなマンションという印象を受けた。

 私の感想を藤井氏にぶつけてみると、「このファサードデザインは意匠性が半分、環境配慮が半分といったところかな」との返事が来た。単に目立つ外観や若者ウケしそうなデザインを狙ったわけではなさそうだ。

 そもそも西向きのマンションなので、夏場の西日対策にはかなり気を使っている。そしてもう1つ、このマンションで考慮しなければならなかったのが周囲の視線だ。

 道路を挟んで向かい側には、ほぼ同じ高さの既存マンションや戸建て住宅が立ち並んでいる。どのフロアの住戸からも、反対側の住戸が真正面に見える。外に干した洗濯物などは、丸見えだ。お互いさまとはいえ、後からつくるマンションは周辺環境、特に近隣住戸同士の見合いに配慮する必要がある。

 藤井氏が考えたのが「ブリーズソレイユ」の在り方、つまりバルコニーに立てる日よけの壁(ルーバー)だ。藤井氏は「ブリーズソレイユが日射制御と視線の遮断、そしてファサードの意匠の3役を果たしている」と説明する。

 日射については、オートデスクのBIMソフト「Revit(レビット)」でシミュレーションを繰り返した。藤井氏は独立する前に勤めていた坂倉建築研究所(東京・港)時代にRevitを学び、今では3次元設計が当たり前になっている。浅草イーストの設計依頼が来たのは、坂倉建築研究所に在籍していたときに積水ハウスのマンション設計に関わった実績があったからだ。

 以下にRevitを使った日射シミュレーションの一例を示す。半年間の累計日射を比較しており、ブリーズソレイユがない場合に比べて、ある場合は累計日射を約30%削減できるという検証結果が出た。

バルコニーに「ブリーズソレイユ」を設けた場合の半年間の日射シミュレーション。紫のところは累計日射が少ない(資料:藤井亮介建築研究所)
バルコニーに「ブリーズソレイユ」を設けた場合の半年間の日射シミュレーション。紫のところは累計日射が少ない(資料:藤井亮介建築研究所)
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ブリーズソレイユがない場合の日射シミュレーション。累計日射が多い緑の部分が目立つ(資料:藤井亮介建築研究所)
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ブリーズソレイユのあり(図の左半分)となし(右)で累計日射を比較した。その差は明らか(資料:藤井亮介建築研究所)
ブリーズソレイユのあり(図の左半分)となし(右)で累計日射を比較した。その差は明らか(資料:藤井亮介建築研究所)
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 事業者の積水ハウスは、このマンション全体の断熱性能を高め、夏は涼しく冬は暖かい住まいを目指した。全住戸が「ZEH-M Oriented(ゼッチ・マンション・オリエンテッド)」の認証を受けており、各住戸のエネルギー消費量を21~36%削減している。

 従来のプライムメゾンシリーズと比べても、省エネ効果は高い。そもそも、賃貸マンションでZEH-M Orientedを取得しているケースはまだ少ない。全住戸平均のUA値(外皮平均熱貫流率)は、0.37W/m2・Kである。値が小さいほど、断熱性能は高い。

 ZEH-M Orientedを達成するには、断熱材や複層ガラス、高効率エアコン、LED照明など、使える建材や設備が限られてくる。藤井氏はそれらを設計に反映する必要があった。

 ただ、マンション設計の大前提として、バルコニーの日射制御には初めから気を配っている。夏場の空調利用を抑えるのが省エネの第一歩になる。日差しを遮るブリーズソレイユはエネルギー消費量を減らすのに、大きな役割を果たしている。そのうえで住戸の断熱性能が高ければ、夏は室内の冷気が外に逃げにくくなり、電気代を節約しやすい。

 藤井氏はRevitだけでなく、建物の質感などをリアルに再現できる米Epic Games(エピック・ゲームズ)の建築ビジュアライゼーションソフト「Twinmotion(ツインモーション)」も使う。斜めの壁にできる影の変化を、Twinmotionで時刻ごとに検証した。

 私は後日、藤井氏の事務所でTwinmotionを使った影のシミュレーションを見せてもらった。画面のスライドバーを動かすだけで月日や時刻を変えられ、バーの動きに合わせて影の形がシームレスに変化していく。操作が簡単なので、藤井氏は気に入っているという。

「Twinmotion」を使った、斜めの壁にできる時刻ごとの影のシミュレーション。画面は7月に太陽が真西に来たときにできる影のシミュレーション結果(資料:藤井亮介建築研究所)
「Twinmotion」を使った、斜めの壁にできる時刻ごとの影のシミュレーション。画面は7月に太陽が真西に来たときにできる影のシミュレーション結果(資料:藤井亮介建築研究所)
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