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 「私の後ろにある扉の向こうは、真っ暗闇の世界です。手に着けたecho(エコー)の端末と白杖(はくじょう、白いつえ)を持って、冒険に出かけましょう」

暗闇の案内人である女性スタッフ(中央)。白杖を持ち、参加者に使い方を説明している。彼女は目が見えない(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
暗闇の案内人である女性スタッフ(中央)。白杖を持ち、参加者に使い方を説明している。彼女は目が見えない(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
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 アテンドしてくれる案内人の女性スタッフが白杖を手に持って、6人の参加者に声を掛ける。全員が片方の手のひらに、丸いセンサー端末「echo band(エコーバンド)」を巻いている。この端末は距離センサーと振動子を備えており、端末を向けた方向に人や物体があると振動の強さで距離感を伝えてくれる。

 もう片方の手には白杖を持つ。これで床を突きながら、足元の変化を確認して歩く。さあ、出発だ。扉の向こうがどうなっているのか、参加者は誰も知らない。緊張してくる。

扉の向こうは真っ暗だ。参加者は内部がどうなっているのか、何も知らされていない(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
扉の向こうは真っ暗だ。参加者は内部がどうなっているのか、何も知らされていない(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
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 目が見えない人は空間をどのように認識し、頭の中にどんな「像」を描いているのか。光で空間を認識する視覚とは異なる感覚を使って、空間を「見る」体験をする。そんなイベントが、東京パラリンピックの会期中だった2021年8月27、28日に都内で開かれた。

 人の五感と空間認識に興味がある私は、「echo×DIALOG IN THE DARK 特別体験プログラム」に参加させてもらった。echoとは暗闇で空間を認識するために開発した服や端末のことで、プロジェクトを推進しているのは「echo project」のメンバーである。

「echo project」のこれまでの成果物。今回は赤印を付けた丸い端末を使う(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
「echo project」のこれまでの成果物。今回は赤印を付けた丸い端末を使う(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
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echo projectに関わる和田夏実氏。身体感覚の拡張などを研究している。本人は耳が聞こえるが、手話を「第1言語」として育った経歴の持ち主だ(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
echo projectに関わる和田夏実氏。身体感覚の拡張などを研究している。本人は耳が聞こえるが、手話を「第1言語」として育った経歴の持ち主だ(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
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 一方、DIALOG IN THE DARK(ダイアログ・イン・ザ・ダーク)は、暗闇の中で視覚以外の身体器官を使って楽しむエンターテインメント体験である。普段から目を使わない視覚障害者が案内人を務めるのが大きな特徴だ。一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティが運営している。

 空間づくりのプロである設計者にはぜひ一度、DIALOG IN THE DARKを通して視覚障害者の世界を知ってほしいものだ。内外装を決めるうえで、価値基準が変わるかもしれない。それくらいインパクトがある体験が待っている。

 DIALOG IN THE DARKは世界中で展開されている。日本では現在、東京都港区海岸にできたアトレ竹芝にあるダイアログ・ミュージアム「対話の森」で体験できる(コロナ禍での実施日は要確認)。案内人の1人である檜山晃氏は全盲だ。echo projectのキーパーソンでもあり、服や端末の開発に協力してきた。

案内役の1人である檜山晃氏(中央右)。普段はDIALOG IN THE DARKで働いている(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
案内役の1人である檜山晃氏(中央右)。普段はDIALOG IN THE DARKで働いている(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
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 檜山氏は16年にブラジル・リオデジャネイロで開かれたパラリンピックの閉会式で、次回の日本への引き継ぎ式に白杖を持って登場し、「東京は夜の七時」の曲と共に会場の中央を一団の先頭を切って歩いた人物である。見覚えがある人も多いはずだ。日本でのパラ開催に貢献した立役者の1人である。

 檜山氏は21年夏のパラ会期中、リオ閉会式の映像を何度も「見直した」そうだ。目は見えないが、音声で会場の真ん中で聞いた大歓声や音楽を聴き直し、当時の現場の様子を思い出していたという。

 同じくリオ閉会式に技術参加したライゾマティクスが檜山氏に協力を仰ぎ、17年にecho projectがスタートした。暗闇で自分の周りの空間を認識できる服や端末の開発を目指し、テクノロジーを生かした洋服づくりに定評があるファッションデザイナーの森永邦彦氏(ANREALAGE「アンリアレイジ」)も参画した。

echo projectの主要メンバー。右から2番目が檜山氏、中央が森永氏、左から2番目がライゾマティクスの真鍋大度氏。18年7月撮影(写真:日経クロステック)
echo projectの主要メンバー。右から2番目が檜山氏、中央が森永氏、左から2番目がライゾマティクスの真鍋大度氏。18年7月撮影(写真:日経クロステック)
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 森永氏は、21年10月に開幕する予定のドバイ万博日本館でアテンダントが着用するユニホームもデザインしている。こちらは光が当たると、服の色が変わる仕組みになっている。

 今回、echo projectとDIALOG IN THE DARKが連携したことで、真っ暗闇でのecho体験が実現した。そもそもecho projectは「視覚頼みで設計されてきたこれまでの社会を変えることを考えるきっかけをつくりたい」という発想が根底にある。その取り組みの一例として、視覚ではなく触覚で空間や世界の「輪郭」を感じる仕組みを開発してきた。

 服に着目したのは、毎日身に着ける服は人の身体器官に一番近く、空間認識のための最も自然なウエアラブル端末になり得ると考えたからだ。特に暗闇では、服が体と空間をつなぐインターフェースになることを強く感じる。

 さて、特別体験プログラムに参加する私はまず、echo bandを手に装着。壁の方に手を向けて、振動を確かめた。壁に近づくと振動が強まる。

手のひらに「echo band」を装着し、壁の方に手を向けて振動を確認する私。暗闇の部屋ではほとんどの時間、写真のように手を伸ばしてecho bandで前方を探っている。張り切り過ぎたせいか、体験後には手首が痛くなった(写真:日経クロステック)
手のひらに「echo band」を装着し、壁の方に手を向けて振動を確認する私。暗闇の部屋ではほとんどの時間、写真のように手を伸ばしてecho bandで前方を探っている。張り切り過ぎたせいか、体験後には手首が痛くなった(写真:日経クロステック)
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 白杖を手にしたら、準備完了だ。なお、下の写真で私が着ている服は「echo wear(エコーウエア)」である。服が信号を発して物体との距離を計測し、その反応が服の振動を通して体に伝わる。

もう片方の手に白杖を持つ。私が着ている服は「echo wear」。ただし今回のプログラムでは、この服は使わない(写真:日経クロステック)
もう片方の手に白杖を持つ。私が着ている服は「echo wear」。ただし今回のプログラムでは、この服は使わない(写真:日経クロステック)
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 今回のプログラムではecho wearを使わないが、echo project最大の成果物であり、私は18年に一度着用して体験済みである。約3年ぶりに、echo wearも着せてもらった。

 18年のときは目隠しをして、白い箱を積み上げてつくった道を通って戻ってくるというものだった。今回はDIALOG IN THE DARKと連携したことで、真っ暗闇での体験になった。目隠しをする前に通路を見ておけた18年のときより、今回ははるかにドキドキした。

冒頭の写真の部屋に入る前に、案内人から説明を受ける(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
冒頭の写真の部屋に入る前に、案内人から説明を受ける(写真:黒羽 政士、提供:echo project)
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