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過去のAP設置実績で高密度Wi-Fiを成功に導く

 NTTグループが高密度Wi-Fiに取り組むのは、東京五輪が初めてではない。いきなりオリンピックで試すのはリスクが大きい。ここ数年、海外の事例を見学したり、国内のスタジアムにAPを導入したりして実績を積み上げてきた。

 そこで学んだ一番のノウハウは、会場のどこに、どうやってAPの機器を設置するか、である。これは建物の設備設計に関わる要件だ。

 今までの事例は、既に使われているスタジアムに後からAPを設置していくケースがほとんど。後付けなので、APを置くスペースがあらかじめ用意されているわけではない。NTTグループは様々な設置場所を試し、起こり得る問題と向き合ってきた。

 そんな中、浮上してきた有力な案が「座席の下にAPを置く」プランである。椅子の下の限られたスペースにAPを設置するのはリスクもある。観客に蹴飛ばされたりして故障するかもしれない。座席の下まで通信回線を敷くのも厄介で、通路の邪魔にならないように、かつ踏みつけられて断線しないようにしなければならない。

 APを守るため、通常は箱の中に機器を閉じ込める。配線は、座席が固定されたスタジアムのコンクリートにすき間があれば、そこを通したり、すき間がなければ階段の隅などにカバーをして敷いたりする。

 なぜそこまで座席下にこだわるのか。狭いエリアをカバーするには、座席下へのAP設置が好都合だったからだ。Wi-Fiの電波は座席や観客が「壁」になって、あまり広がらない。その現象をうまく取り入れて、APのカバー範囲を意図的に狭くコントロールする。

座席下にAPを置いた例。観客が蹴飛ばさないように、通常は箱の中に機器を入れる。配線も工夫が要る。椅子や観客が「壁」になるため、Wi-Fiのカバー範囲は狭くなる(写真:NTT)
座席下にAPを置いた例。観客が蹴飛ばさないように、通常は箱の中に機器を入れる。配線も工夫が要る。椅子や観客が「壁」になるため、Wi-Fiのカバー範囲は狭くなる(写真:NTT)
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 逆に、設置が一番容易で、電波のカバー範囲も広くなるのは、屋根や壁の高い位置にAPを置いたときだ。障害物が少ないので、上からのシャワー効果で電波が観客席に広く行きわたる。

 しかもスタジアムの屋根には照明やスピーカーが付いているため、メンテナンス用の通路(通称キャットウォーク)が用意されていることが多い。だからAPの設置も維持管理も楽だ。観客が触る心配もない。

 ただし、屋根にAPを置くとカバーエリアが広がるため、観客の同一APへの同時接続が多発して、パンクするAPが出てくる。電波干渉も起こりやすい。だから「屋根だけのAP設置に頼るのは、必ずしも得策ではない」(粟野担当部長)。座席下のAPと併用して、通信を安定させる。

屋根や壁の上部にAPを設置した例。Wi-Fiエリアを広範囲にカバーできる。屋根には照明やスピーカーがあるので、メンテナンス用の通路が確保されていることが多く、APの設置や維持管理がしやすい。ただし、電波干渉が起こりやすい(写真:NTT)
屋根や壁の上部にAPを設置した例。Wi-Fiエリアを広範囲にカバーできる。屋根には照明やスピーカーがあるので、メンテナンス用の通路が確保されていることが多く、APの設置や維持管理がしやすい。ただし、電波干渉が起こりやすい(写真:NTT)
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 また、屋根のAPから最も離れた位置にある観客席の最前列付近には、Wi-Fiの電波が届きにくいことがある。そこで(野球場などでは)フェンス裏にもAPを設置することがある。

APを観客席の最前列付近(フェンス裏)に設置した例。屋根のAPから遠い客席前方をカバーしやすい(写真:NTT)
APを観客席の最前列付近(フェンス裏)に設置した例。屋根のAPから遠い客席前方をカバーしやすい(写真:NTT)
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 このように、単にAPの台数を増やして密度を高めればいいわけではない。APの設置場所を変えながら、電波の強さや干渉度合いを制御する。こうして初めて、数万人規模のWi-Fi接続が可能になる。

 「ネットワーク環境の整備は通信会社や電機メーカーに任せておけばいい」と考えている設計者がいるとすれば、それは大間違いだ。数多くのAPを配線でつなぐための「スペースと道」を用意しておくことは、大型施設の設計では常識になっていくだろう。

 新国立競技場は新築なので、APの設置を想定した設計になっているという。