全2227文字
PR

 2018年9月に経済産業省が発表し話題となっている「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」は、日本企業のDX推進を阻むものとして「ビジョンの欠如」と「レガシーの足枷」の2つを挙げる。もう少し詳しく説明するなら、明確なビジョンなしでPoC(概念実証)を繰り返しているため、ビジネス変革を成し遂げられていないことと、部門最適でつくられた既存システムの維持・運営コストが、IT予算の大部分を占めていること、だ。

 2つの課題を解決し、企業がDXで目指すべきあり方として、IBMは「コグニティブ・エンタープライズ」を掲げている。コグニティブ・エンタープライズとは、デジタルテクノロジーを活用してよりよい顧客体験を生み出すとともに、生産性向上によって業績を高める企業のこと。デジタル化を進める際は、「ガレージ」「ファクトリー」「ハイブリッド・マルチ・クラウド」という要素を活用する。具体的には、トライアル&エラーの場であるガレージでアジャイルに変革を進めつつ、ファクトリーでレガシーシステムを合理化・最新化し、両者をハイブリッド・マルチ・クラウドで同期させる。

 ただ、ここまではあくまで一般論だ。現実には、各企業の個別具体的な文脈のなかで、ビジョンを描き出し、それを実現する仕掛けをつくる必要がある。

デジタル世界に働くメカニズムを理解しどう戦うかを突き詰める

 私は、今の世界がデジタル空間とフィジカル空間が交錯する「デジタル・フィジカル」な状態になっていることを理解し、この世界に適合した戦略を選ぶことがカギになると考える。

 デジタル・フィジカルな世界には、「顧客体験(価値)」「データ資源(権益)」「プラットフォーム(要衝)」「ハードウエア(接続地点)」という4つの主戦場があり、相互に関連しあっている。

 今まで成果を上げてきた戦い方は大きく3つある。「ハードウエア→データ資源→顧客体験」の順で攻めるのが1番目の定石で、これはB2B事業では奏功したが、B2Cではうまくいっていない。B2C事業では「顧客体験→データ資源→プラットフォーム→ハードウエア」という攻め方が成果を上げ、2番目の定石となった。それらを補完するために、「データ資源」を持つ企業や優れた「顧客体験」を提供する企業を買収するのが3番目の定石である。最近ではいくつか、新たな定石が誕生しつつある。なかでも成功した複数の「プラットフォーム」の上に乗っかって、特定領域で顧客との接点をおさえて「プラットフォーム」ビジネスを展開する戦略には可能性があると考える。

革新的既存企業が反撃を開始創造的破壊の牽引役

 ここ数年のトレンドとして、革新的な既存企業による“反撃”にも注目したい。「世界のデジタル化を牽引しているのは、一部のデジタル・ジャイアントとスタートアップ企業」といった一般のイメージと違い、業界内のリーダー企業が創造的破壊を主導しているケースが増えている。反撃に転じた既存企業の共通点を分析すると、次のことが見えてくる。

 まず、顧客体験を重視しカスタマージャーニーに焦点を当てていることである。その際に積極的に他社との共創に取り組む。そして、顧客のフィードバックを経営計画の策定に反映する。

 データからビジネス価値を引き出すための取り組みも見逃せない。データ活用と並行して、物理的な製品や店舗とデジタルサービスの統合を進める。「ハードウエア」をデジタルとフィジカルの接点として活用するといういわゆるIoT化であり、このための投資も十分に行う。

 さらにデジタル環境に適応するために、仕事の進め方全般にアジャイルの考え方を採用する。試作品を高速で開発する「ラピッドプロトタイピング」を戦略の策定・実行に取り入れたり、顧客対応の質を高めるため、より現場権限委譲を行う。そしてスタートアップ企業に倣い、“早い失敗”を評価する文化の醸成に取り組む企業も多い。

ワークショップやガレージで企業の取り組みを支援

 ここまで紹介したようなことを実践するには、経営層や組織内の主要なメンバーが、自社にとってのDXとは何かについて、腹落ちしている必要がある。

 これを支援するため、日本IBMでは「DXキャンプ」と名付けたワークショップを開催している。「状況認識、発散、収束」という思考プロセスを繰り返しながら、課題解決に向けた考えを深めることで、必要なマインドを育めるようになる。

 実際にDXを進める仕掛けとして、先に紹介した「ガレージ」も用意している。共創のための物理的スペースとクラウド環境を提供し、そこでアイデア創出→試行→評価→拡大展開(または方向転換)というサイクルを短期間で繰り返す。IBMのコンサルタント、デザイナー、データサイエンティスト、デベロッパーが必要に応じてその場に参画し、顧客企業のDXへのチャレンジを支援する。

 「パーソナルコンピュータの父」といわれるアラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と述べた。彼が40年以上前に提唱したアイデアは、現在タブレット製品となって実現している。彼のような視座を共有して持ち、DXで人々と社会の幸福な未来をイメージし、その実現のために試行を繰り返す企業が、多くの人々を惹きつけていくのではないか。

本記事は2019年7月10日~12日に開催された「IT Japan 2019」のリポートです。