全1768文字
PR

 おなじみ磯達雄・宮沢洋コンビによる「建築巡礼」シリーズの戦後編完全版を上下2巻構成で発刊する。終戦から東京五輪までの上巻「昭和モダン建築巡礼 完全版1945-64」を2019年10月1日に発刊。下巻の「昭和モダン建築巡礼 完全版1965-75」を2019年12月2日に発刊予定。それぞれの巻頭対談を特別に当サイトで公開する。「藤森照信氏×磯達雄氏─戦後建築を世界レベルに押し上げた建築家10人」に続いて、「橋爪紳也氏×磯達雄氏─大阪万博を輝かせた日本の建築家+傑作パビリオン」をお楽しみいただきたい。(進行:宮沢 洋)

対談は大阪府吹田市の万博記念公園で行った。左が橋爪紳也氏、右が磯達雄氏(人物写真:生田 将人)
対談は大阪府吹田市の万博記念公園で行った。左が橋爪紳也氏、右が磯達雄氏(人物写真:生田 将人)
[画像のクリックで拡大表示]

2020年は大阪万博(日本万国博覧会)50周年です。今日は、「日本一、1970年大阪万博に詳しい」といわれる橋爪紳也さんと、「大阪万博を輝かせた日本の建築家+傑作パビリオン」を選んでいきたいと思います。橋爪さんは、当時、万博会場に相当通ったそうですね。

橋爪(以下、橋)|全パビリオンに入りましたよ。

全部見たんですか!

|70年万博のときは10歳で、全パビリオンに入って、スタンプを集め、パンフレットを集め……(笑)。

何回行って制覇したのですか。

|18回くらいですかね。

磯さんは何回行きましたか。

|僕は1日だけですよ。関東ですから。それも、まだ小学校1年生だから、自分の行きたいところも回れず、悔しさしか印象に残ってないです(笑)。

なるほど。今日は劣勢ですね。

|当時の大阪の子どもたちは、まず遠足で行くんですよ。『わたしたちの万博読本』という本を持たされて、学習として行く。

最初はどんな印象でしたか。

|スケール感、空気感が、まるで別世界だなと思いました。自分が普段、暮らしている大阪ミナミとは全く違う。

|「未来都市」という印象はありましたか。

|ありましたね。ウルトラマンの科学特捜隊の基地とかサンダーバードの基地とか、テレビで見た未来的な建物が実際そこにあるという感じでした。当時と今とでは、建築や都市の捉え方が違いますからね。今日は、10歳の子どもで語るのか、後で建築を勉強した専門家の視点で語るのか……。

なるほど、では、まずは子どもの視点で、当時気になったパビリオンを挙げてもらえますか。まずは、磯さんから。

|僕は子どものとき一番見に行きたかったのは、住友童話館(設計:大谷幸夫)です。あれは、SFの未来都市が本当に実現した感じがしました。ガラスのドームで都市を覆うイメージが、住友童話館にはシルエットとして実現していた。なので、あれは絶対見たかったんだけど、大行列で入れなかったんです。悔しかったなあ。

住友童話館。設計:大谷幸夫。SF雑誌の挿絵で見た未来のドーム都市のようなデザイン(イラスト:宮沢 洋)
住友童話館。設計:大谷幸夫。SF雑誌の挿絵で見た未来のドーム都市のようなデザイン(イラスト:宮沢 洋)
[画像のクリックで拡大表示]

|僕は何度も入りましたよ(笑)。

まあまあ。

|大谷幸夫の作品の中では、住友童話館は異色に見えます。他にああいう未来的な思考って、以前の作品にも、以後の作品にもない。

大谷幸夫
●大阪万博を輝かせた10人 ●
大谷幸夫 Sachio Otani
1924(大正13)年─2013(平成25)年
緻密な論理で大規模建築を構成
東京大学丹下健三研究室で、浅田孝とともに最初期からのメンバーとなり、広島平和記念資料館、愛媛県民館、旧東京都庁舎など、数々のプロジェクトに携わる。1960年に独立して、1961年に沖種郎と設計連合を設立。1963年に国立京都国際会館のコンペを勝ち取る。このとき、39歳であった。翌年、東京大学工学部の都市工学科で助教授の職に就き、1971年からは教授となる。初期の作品においては、大規模建築を統合的に設計する緻密な論理構成の妙に目を見張らされるが、晩年の沖縄コンベンションセンターなどでは装飾的なモチーフを細部に凝らした作風へと変わっていった。建築のスタディーでは手の跡が残る粘土の模型を好んだ。
(イラスト:宮沢 洋)

|確かに異色ですね。「童話館」なのに柱と空中に浮かぶ展示館の組み合わせですからね。その後の大谷さんを考えると、あんな軽やかなものは思い浮かびません。

|ないです。もう少し土っぽい方向にどんどんいってしまったので。

本人はこのパビリオンが気に入らなかったんでしょうか。

|というより、大谷さんの本来的な資質は、そういう土っぽいところに向かう人だったんですよ。でも、丹下健三と出会って、未来っぽい人に一時期なっていた。それが前面に出たのがこの住友童話館。万博の前に完成した国立京都国際会館(1966年)も、そういう面が少し出ているけれど。

国立京都国際会館(1966年)。設計:大谷幸夫(写真:磯達雄)
国立京都国際会館(1966年)。設計:大谷幸夫(写真:磯達雄)
[画像のクリックで拡大表示]

|国立京都国際会館も未来っぽさはあるけれど、日本に本来あった形を組み合わせている。でも、この住友童話館は純粋に「空中都市」。

|写真を見ても、スケール感が分からないんですよね。だから、体験してみたかった。

|大谷さんはその後、大阪万博に関して語っていますかね?

|あまり語ってないと思います。

|読んだ記憶がないですよね。いろいろなことがあったのかもしれない。

|大谷さんについては、金沢工業大学の回でも触れましたが、内心は“反万博派”の心情を持っていたんだと思いますよ。それは表には絶対出せなかったのでしょうね。

|そうかもしれないね。金沢工業大学の回は面白く拝見しました(笑)。あの吹き抜けに、日本海側のうつうつとした感じが重なるというのは、考えたことがなかった。

|ありがとうございます!


近刊紹介:「昭和モダン建築巡礼 完全版1965-75」

「昭和モダン建築巡礼 完全版1965-75」
「昭和モダン建築巡礼 完全版1965-75」
文:磯達雄、イラスト:宮沢洋 304ページ A4変型判

おなじみ磯・宮沢コンビによる「建築巡礼」シリーズの戦後編完全版。上下2巻構成の下巻となる「1965-75」を2019年12月2日に発刊予定。1970年大阪万博をピークとする10年間の「メタボリズム」や「巨大建築論争」などを、名建築とともに振り返る。

「昭和モダン建築巡礼 完全版1965-75」を詳しく見る

橋爪紳也(はしづめしんや)
大阪府立大学大学院経済学研究科教授/大阪府立大学観光産業戦略研究所長
橋爪紳也(はしづめしんや) 1960年大阪府生まれ。建築史家。専門は建築史・都市文化論。著書に「倶楽部と日本人」「明治の迷宮都市」「化物屋敷」「祝祭の『帝国』」「日本の遊園地」「飛行機と想像力」「絵はがき100年」「創造するアジア都市」「『水都』大阪物語」など(写真:生田 将人)
磯達雄(いそたつお)
建築ジャーナリスト
磯達雄(いそたつお) 1963年埼玉県生まれ。編集事務所フリックスタジオ共同主宰、桑沢デザイン研究所非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師。建築ジャーナリストとして、専門誌や一般誌に建築の記事を執筆。著書に『634の魂』、共著に『昭和モダン建築巡礼・完全版1945-1964』『ポストモダン建築巡礼』『菊竹清訓巡礼』『プレモダン建築巡礼』『ぼくらが夢見た未来都市』などがある(写真:生田 将人)