ロシアによる侵攻がウクライナのIT産業に影を落としている。これまでIT人材の豊富さを理由にウクライナのIT市場は順調に伸びてきたが、戦闘の長期化に伴い、一定の打撃は避けられない情勢だ。米子会社がウクライナに大規模なエンジニアリング拠点を展開している日立製作所をはじめ、日本のIT大手やユーザー企業も無縁ではいられない。直接的な影響は限られるにもかかわらず、ウクライナの会社への発注をためらう企業が増えるリスクも懸念される。
IT分野の卒業生は中東欧で最多
「東欧のシリコンバレー」。そう形容されるほど、IT分野でウクライナは一定の存在感がある。それはデータにもはっきりと表れている。
ウクライナ国立銀行によると、同国のコンピューター関連サービスの輸出額は2021年に70億ドルに迫る規模まで成長した。同国のIT産業は海外の顧客からシステム開発などを請け負うアウトソーシングビジネスが中心で、10年前と比較すると10倍以上の規模に成長した。直近でみても、2020年比で4割近く伸びた。ITウクライナ協会によれば、国・地域別では米国と英国向けの割合が大きく、2020年は両国で全体の半分ほどを占めた。
なぜウクライナでIT産業が活発なのか。理由はIT人材の豊富さにある。もともと航空宇宙や原子力分野に精通した人材を数多く抱えていたが、こうした人材が1991年の旧ソ連崩壊に伴い、「IT産業に流れ込んだ」(日本貿易振興機構=ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課の宮下恵輔氏)。
さらに大学のIT教育が盛んで、若く優秀なIT人材を輩出しているのも重要なポイントだ。実際、中東欧諸国におけるIT分野の卒業生数をみると、その傾向は顕著だ。英Emerging Europeの「FUTURE OF IT REPORT 2022」によると、ウクライナのIT分野の卒業生はおよそ2万6000人(2020年)で、中東欧諸国で最も多い。2位のポーランドと比べても、倍以上の規模を誇る。人口10万人当たりのIT分野の卒業生数でも、ウクライナは最多だ。
特に首都キーウ(キエフ)を含むキーウ州や東部のハリコフ州、西部のリビウ州などに「ITクラスター」があり、IT企業やITの専門家、ITプログラムを展開する高等教育機関が集中している。例えば、キーウ州にはITプログラムを持つ高等教育機関が167あるという(ITウクライナ協会の「Ukraine IT Report 2021」)。
ウクライナでIT人材が豊富な理由として、他産業と比較した給与水準の高さもある。ウクライナ国家統計局によると、同国の産業別月額平均給与(2022年1月)において、情報通信分野は全産業平均の約1.8倍という水準だ。
一方で、中東欧諸国全体でみると、ウクライナのIT人材の給与水準は決して高くない。FUTURE OF IT REPORT 2022によると、平均給与額は首位エストニアの4分の1程度で、中東欧諸国では下位に位置する(2019年)。にもかかわらず「欧米とのプロジェクト経験が豊富な人材が多い」(ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課課長代理の斎藤寛氏)など人材の質は総じて高いとされ、日本を含む海外企業がウクライナITに引き寄せられる要因になっている。