いったん使い始めたクラウドサービスから他のクラウドサービスへの移行が進まない「クラウドロックイン」の実態が明らかになった。マルチクラウドを掲げる日本政府だが行政機関でもクラウドロックインに陥るリスクが高まっている。
クラウドサービス間の移行はほぼない
現在使っているクラウドサービスから、オンプレミスのシステムや他のクラウドサービスへのスイッチング(切り替え)はほとんど生じていない――。公正取引委員会は2022年3月に開催した「クラウドサービスに関する意見交換会」で、日本企業におけるIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)とPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)の利用実態に関する調査結果を発表した。
公取委は2021年7~8月に、売上高50億円以上の約3万社から1万社を無作為抽出しアンケートを実施。IaaS利用企業419社、PaaS利用企業129社、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)利用企業1055社から回答を得た。
公取委は日本におけるIaaSとPaaSを合計した市場において、「Amazon Web Services」を提供する米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)と「Azure」を提供する米Microsoft(マイクロソフト)、「Google Cloud Platform(GCP)」を提供する米Google(グーグル)の3社合計シェアが2020年度に60~70%に達したとした。2017年度比で20ポイント増えている。
アンケートで、利用するIaaS事業者やPaaS事業者を複数回答で聞いたところ、IaaSの1位はAWSで利用率は49.6%。2位はマイクロソフト(利用率23.2%)だった。PaaSでは逆転し、1位がマイクロソフト(同28.5%)で2位はAWS(同27.6%)。国産ではNTTコミュニケーションズのIaaSが同5.7%、富士通のIaaSが同4.2%にとどまった。
公取委は報告書で「システム関連市場が拡大するなかでオンプレミスからの移行が進む形でクラウド利用は増加傾向にある」としたうえで、「少数事業者が高いシェアを占めている」「異なるクラウドサービスへのスイッチングがほとんど生じていない」と指摘した。「ほとんど生じていない」とした根拠の1つが、仮に現在使っているクラウドサービスが利用料を5~10%引き上げたとしても、85.9%の企業が現在使っているクラウドサービスを使い続けるとした今回のアンケート結果だ。
こうした調査結果に対し、クラウド導入支援などを手掛けるあるITベンダーの担当者は「クラウドサービスをスイッチングするケースはほとんどない。スイッチングに伴うコストやリスクを越えるほどの動機やメリットが特にないからではないか」と話す。多くのクラウドサービス事業者はスイッチングに欠かせないデータ出力の料金を高めに設定していることもスイッチングの障壁の1つとなっているという。
農水省はスイッチングを想定せず
この担当者は「スイッチングが行われないのは行政機関でも同じ」と話す。各府省庁は2018年度以降、政府情報システム整備の際にクラウドサービスの利用を第1候補として検討する「クラウド・バイ・デフォルト原則」に沿って、システムごとにAWSやAzureといったパブリッククラウドの利用やオンプレミスからの移行を進めてきた。
例えば農林水産省は霞が関の中でいち早く省内統一のクラウド移行・運用ポリシーを策定し、パブリッククラウドを使ううえで必要となる閉域網接続機能や統合監視機能といった共通機能を備えた基盤「MAFFクラウド」を2020年度に稼働させた。続く2021年度には農水省の各システムをパブリッククラウドに移行する際の技術支援を担う組織「MAFFクラウドCoE」を立ち上げている。