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 「マイナンバーカードと銀行口座が既に結び付いていれば、これはかなりスピード感を持って対応することができたのだろうと、こう思います」――。安倍晋三首相は2020年5月25日、緊急事態宣言を全面解除した記者会見で、国内に住む住民1人当たりに一律10万円を給付する「定額特別給付金」の遅れについてこう見解を示した。

 首相見解を受け、政府・与党は金融機関の口座にマイナンバーをひも付ける法案を相次いで提出する。しかし実務に詳しい自治体関係者は、口座にマイナンバーをひも付けたところですぐに給付の迅速化にはつながらないと指摘する。

2段階でひも付け

 政府・与党は2段階で法整備を進める考えだ。1段階目として与党は2020年6月8日に議員立法で、国が希望者の申請に基づいてマイナンバーと金融機関の口座をひも付けた「給付名簿」を作成する法案を国会に提出した。

 具体的には、政府が運営するマイナンバー制度の個人向けWebサイトである「マイナポータル」で、金融機関の口座のほか、電話番号や電子メールアドレスなどを登録させて名簿を作る。マイナポータルでは年金給付や児童手当の給付口座も登録できるようにする。登録は本人が同意した場合だけで、マイナンバーカードを持っていなくてもマイナポータルで口座を一元管理できるようにするという。

 2段階目として政府は2021年1月からの通常国会にマイナンバー法改正案を提出する。マイナンバー法改正によって、金融機関の預貯口座にマイナンバーをひも付けてマイナンバーで口座を確認できるようにする。

 ところが実務に詳しい自治体関係者からは疑問の声が出ている。現在の10万円給付を巡る問題は、口座とマイナンバーがひも付いているかどうかは関係がないからだ。

 自治体は年金や児童手当の給付や税金の還付などのために一部の住民の口座情報を管理している。問題なのは、自治体は口座情報を法令に基づいて業務ごとに分けて管理していて無駄が生じている点にある。

 しかも自治体は今回のような一時的な一律給付で集めた口座情報を給付作業が終わると法令上破棄しなければならない。まずは自治体や住民の手間を省くために、自治体が住民の口座を個人単位で管理して給付手続きなどを一本化できる法律を制定する必要がある。

オンライン申請で混乱が生じたワケ

 申請手続きが混乱した根本原因は何か。オンライン申請を受け付けるシステムは、マイナポータルの「ぴったりサービス」である。原因の1つは、マイナポータルで受け取った申請データを政府から自治体に渡すという2ステップの構造にある。

 10万円の特別定額給付金は郵送やオンラインで世帯ごとの申請を受け付けて、申請した世帯主と同じ名義の金融機関の口座に振り込むのが原則だ。二重給付や不正給付を避けるには、申請者の厳格な本人確認が必要になる。

 ところがマイナポータルは申請者が不正確なデータを入力しても誤りをチェックできない。当初よりも改善したとはいえ、以前は例えばマイナンバーカードの電子証明書の情報と申請者の氏名が異なっていたら受け付けないといった入力チェックの仕組みすらなかった。

 しかもマイナポータルから自治体に流れるデータは一方通行で、申請ステータスを前に戻せない。申請者が世帯主なのか、世帯員の人数などが合っているかといった世帯情報のほか、入力された口座番号が正しくて口座も同じ名義なのか、申請が二重に行われていないかどうかもマイナポータルに入力された段階では自治体側がチェックできない。

現行の特別定額給付金オンライン申請の問題点
現行の特別定額給付金オンライン申請の問題点
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