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 新型コロナウイルスのワクチン接種状況をリアルタイムで把握するため、政府が肝煎りで開発した「ワクチン接種記録システム(VRS)」。だが、接種記録の入力は遅れ、いまだにVRSを使っていない自治体もある。

 現状を見る限り、VRSへの入力データに基づいて政府が毎日更新する接種状況の情報は必ずしも実態が正確に反映されていない。そればかりか、自治体をまたいだ転居者の接種状況の確認や今後検討を予定する接種証明の発行に支障を来す恐れがある。

実態と異なる接種状況ダッシュボード

 VRSは、市区町村が住民1人ひとりの接種状況を正確かつ迅速に把握するため、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室(以下、IT室)が開発したシステムである。自治体の接種会場や医療機関で住民が接種を受ける際、IT室が配布したタブレット端末などを利用して接種情報を読み取り、VRSに入力する。

 「ある市では1万人以上が漏れている」――。栃木県の福田富一知事は2021年6月5日の自民党県連大会でこう述べ、県下の自治体でVRSへの入力が遅れていることを明らかにした。

 IT室がVRSへの入力データを集計し、毎日更新する「接種状況ダッシュボード」。これを見ると、栃木県は65歳以上の高齢者の1回目の接種者数が6月9日時点で8万6223人、接種率が15.5%と、全国平均の23.7%を大きく下回り全国最下位となっている。しかし、栃木県感染症対策課はこの数値について「入力の遅れは無視できないほどで、実態と乖離(かいり)している」と説明する。栃木県は6月2日と4日に県下25市町にVRSへの入力を促す通知を出した。

政府の接種状況ダッシュボードでは、VRSへの入力に基づいた都道府県ごとの接種率が表示されている
政府の接種状況ダッシュボードでは、VRSへの入力に基づいた都道府県ごとの接種率が表示されている
出所:内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室
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 入力が遅れている理由は手間がかかることだ。個別接種を実施している医療機関で入力が進んでいなかったり、市役所などが医療機関から接種済みの予診票を回収して代行入力したりしている。栃木県でも代行入力している自治体があり、予診票回収の手間がかかるため、「作業が遅れている」(感染症対策課)。

 栃木県に限った話ではない。他県のある自治体でも接種自体は進んでいるものの、「とにかく入力の人手が足りない」(担当者)。やはり医療機関から予診票を回収する手間などがネックとなっている。

タブレット端末の内蔵カメラで、予診票に貼った接種券を読み取って入力する
タブレット端末の内蔵カメラで、予診票に貼った接種券を読み取って入力する
撮影:日経クロステック
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全自治体の利用が前提だが……

 実はVRSへのデータ入力に法的な義務はない。IT室は接種状況を迅速に把握するため、「全自治体の利用が前提。なるべく迅速に入力してほしい」とするが、自治体によっては接種から1カ月ほど入力が遅れるケースもあるという。IT室が毎日更新する接種状況ダッシュボードは、リアルタイムの接種状況を反映できているとは言い難い。

 ワクチン接種は予防接種法に基づいて各自治体が実施する。接種記録のデータ化や予防接種台帳での管理、他自治体への転居時の接種記録確認などは従来の予防接種の仕組みで実現できていた。ただデータの反映に数カ月かかることもあり、3週間を空けて2回の接種が必要といった新型コロナワクチン接種の状況を迅速かつ正確に把握するのが難しい。

 そこで接種状況をリアルタイムで把握すべく、2021年1月下旬から小林史明内閣府大臣補佐官が主導し、IT室がVRSの開発を進めてきた。「多くの国民が短期間に2回接種する」「国民の関心が高く自治体への問い合わせが多い」「今後、国際的にも接種証明を求められる可能性がある」といった状況を踏まえたものだ。多くの自治体がその趣旨に賛同し、VRSへの入力を進めてきた。IT室によると、「これまでに約99%の自治体がVRSにログインしている」という。

 ただ、わずかながら未利用の自治体もある。前述した入力の遅れを含め、これでは接種後に未入力の状態が長期間生じてしまう。VRSではマイナンバーと連係して接種者を把握することで、住民が転居しても自治体間で接種記録を引き継げる。だが入力が遅れることで、転居先の自治体で接種記録を確認できなくなる可能性がある。VRSの開発趣旨からして致命的と言える。