政府が進めてきた働き方改革の一策である「フレックスタイム制の拡充」が企業に浸透していない。フレックスタイム制は社員が日々の始業や終業の時間、1日何時間働くかといったことを決められる変形労働時間制の1つだ。「清算期間」と呼ばれる期間のなかで所定労働時間を満たすよう調整できる。
フレックスタイム制の清算期間の上限はこれまで1カ月だったが、2019年4月に施行された働き方改革関連法で3カ月になった。
清算期間を3カ月に延ばすと、3カ月トータルで働いた時間が所定労働時間を満たせばよくなる。「1カ月目で残業をした分、3カ月目は1日当たりの労働時間を短くする」といった柔軟な働き方ができる。この場合、3カ月目に短く働いても欠勤扱いにならない。同法の施行当時、政府はフレックスタイム制の清算期間の拡充を「残業時間の上限規制」などと並ぶ目玉施策に位置づけていた。
しかし、施行後1年以上が経過しても「清算期間が3カ月のフレックスタイム制を導入した企業は、知っている限りでは見当たらない」と、特定社会保険労務士でSRO労働法務コンサルティングの杉本一裕代表は指摘する。杉本代表は働き方改革が進んでいるIT企業などで、人事コンサルティングを手掛けている。
IT業界ではフレックスタイム制を採用する企業が少なくない。厚生労働省の「就労条件総合調査」によれば、情報通信業でフレックスタイム制を採用している割合は2019年で24.2%と、他の産業に比べて最も高かった。だが、清算期間が3カ月のフレックスタイム制はIT系で多いプロジェクト単位の仕事に不向きな面もあり、IT各社は独自の工夫が求められそうだ。
最終月に法律違反の残業の恐れ
杉本代表が顧問を務める数十社の企業のうち、5社ほどがフレックスタイム制を導入しているが、どの企業も清算期間を1カ月にとどめている。フレックスタイム制を導入する企業が清算期間を3カ月に延ばさない理由について、杉本代表は「残業時間の計算などの管理が大変になったり、長時間残業によって労働基準法違反になるリスクが高まったりする」と説明する。
2019年4月施行の働き方改革関連法によって、「1カ月当たりの残業時間は原則として45時間」「特別な事情があって労使が合意する場合でも、残業時間は休日出勤を含めて月100時間未満」といった残業時間の上限規制が設けられた。この上限を超える社員が出た場合、その企業は労働基準法違反となって6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される。
清算期間が3カ月のフレックスタイム制を導入すると、この上限を超えるケースが増える恐れがある。例えば、社員が1カ月当たり35時間ずつ3カ月間、実質的に残業をした場合だ。清算期間が1カ月のフレックスタイム制であれば「月45時間」の原則を超えずに働いているので問題はない。
一方、清算期間が3カ月のフレックスタイム制では、清算期間の最終月に残業時間をカウントすることになっている。つまり清算期間の3カ月間、毎月35時間ずつ残業した場合、最終月は3カ月分の105時間が残業時間となる。「残業時間は月100時間未満」という上限を超えるので労働基準法違反になってしまうのだ。
法律違反を防ぐシステム化が不可欠
残業時間の上限規制に抵触しないようにするには、社員1人ひとりについて上限を超えそうかを予測したうえで、社員に働く時間を抑制するようアラートを自動的に出す仕組みが欠かせない。「人手での管理は難しいのでシステム化は必須だ」と杉本代表は指摘する。
こうした仕組みは勤怠管理機能を備える人事パッケージや勤怠管理クラウドサービスで実現できるのだろうか。人事パッケージ「POSITIVE」などを手掛ける電通国際情報サービス(ISID)の角谷勝実HCM事業部製品企画開発部製品企画グループプロジェクトディレクターによると、パッケージ内のパラメーター設定で、勤怠データを基に残業時間などを集計したり、残業時間が上限に近づきそうな社員が出てくるとアラートを出したりすることはできるという。
もっとも、「3カ月といった清算期間のフレックスタイム制を運用するために、そうしたパラメーターを設定している顧客企業は調べた限りではいなかった」と角谷プロジェクトディレクターは話す。勤怠管理クラウドサービスを提供する別のベンダーは、清算期間を3カ月に延長したフレックスタイム制を管理する機能を提供していないという。