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 企業のテレワーク(リモートワーク)環境におけるいじめや嫌がらせ、いわゆる「リモートハラスメント(リモハラ)」が広がっている。リモハラはテレワーク中のビジネスパーソンがコミュニケーションを取る相手に対して不快感を与える言動を指し、パワーハラスメント(パワハラ)やセクシュアルハラスメント(セクハラ)も含む。

 産業医としてメンタルヘルスで不調になった人のケアにも携わる東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野医学博士課程の佐々木那津氏は「1年半余りに及ぶ新型コロナウイルス下のテレワークで、不調になるビジネスパーソンとの面談などがとても増えている感覚だ」と明かす。背景には、上司との相性のミスマッチや、業務量を把握できずに上司が部下に仕事を押しつけがちになるといったことがある。

 佐々木氏が面談したあるビジネスパーソンは、テレワーク環境下で上司からハラスメントを受けて休職した。上司からメールが届くと、動悸(どうき)がして開封までに長い時間がかかったり、開封後も動悸が止まらなかったりした。メールに返信する際も内容に細かく気を配る必要があり、30分から1時間かかるほどだった。

 本人がビジネスチャットを通じて「しんどい」といったメッセージを発しても、周囲は「そんなこともある」などと真面目に取り合わないケースもあったという。このケースについて「産業医面談をしたところ、とても深刻な状態だった」と佐々木氏は振り返る。「生産性が下がることで、会社にとってもプラスにはならない」と指摘する。

 2021年9月に緊急事態宣言が解除されたとはいえ、「第6波」への備えとして当面はテレワークへのシフトが続く。企業はリモハラ防止へ、対策の強化や再点検が求められる。

業務時間外の対応強要は2割超

 リモハラはテレワークに取り組むビジネスパーソンにとって決して無縁ではない。東京大学医学系研究科精神保健学分野が2020年12月に発表した「新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査(E-COCO-J)」の第4回調査結果によると、テレワーク環境下で「業務時間外にメールや電話などへの対応を要求された」という回答は21.1%。テレワーク環境下、常にパソコンの前にいるかをチェックされたり、仕事の進捗報告を頻繁に求められたりするなどの「就業時間中に上司から過度な監視を受けた」とする回答は13.8%だった。

 第4回調査は、全国のフルタイム労働者1172人を対象に2020年11月に実施した。上記は在宅勤務の経験がある441人に対し、2020年4月から11月までの期間におけるハラスメント経験などを尋ねたものだ。E-COCO-Jのマネジメントも担当する東京大学大学院の佐々木氏は「業務時間外にメールや電話などへの対応を要求された」との回答が21.1%だったことについて、「部下は家にいるので仕事に関する依頼にいつでも対応できるだろうと上司が考えたことで起こっている」と分析する。

 一方、13.8%の回答があった「就業時間中に上司から過度な監視を受けた」についてはどうか。ハラスメントの専門家で、E-COCO-Jの実施にも携わっている神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科の津野香奈美准教授は、「部下は監視されていることで心理的なプレッシャーを受ける。上司から仕事をしているかどうかをチャットなどで頻繁に尋ねられると、信用されていないと感じて心理的な負担感がより強まり、心身の不調に結びつきやすくなる」とみる。

 東京大学大学院の佐々木氏も「手順やスピードなど仕事の進め方について部下が裁量権を持つことは、仕事をコントロールしている感覚を持てるため、メンタルヘルスに良いと言われる。しかし、過度な監視を受けると、パフォーマンスを最大化して業務を進めることが阻止される。裁量権のなさによって、メンタルヘルスが不調になる恐れが出てくる」と指摘する。

パワハラやセクハラの経験者も

 同調査では、テレワーク環境下でパワハラやセクハラを受けたかどうかも尋ねている。パワハラは5.9%、セクハラは4.8%が経験ありとの回答だった。

 注目すべきは0%でなかった点だ。神奈川県立保健福祉大学大学院の津野准教授は調査結果が出る前、テレワークではそもそも対面接触がないので、ハラスメントが減るのではないかとみていたという。しかし、実際には「かなりの数の人たちがテレワーク環境下でハラスメントを受けていることが分かり、衝撃を受けた」(同)。

 津野准教授によると、以前に全国の労働者を対象に調査した際、パワハラやセクハラを含めてハラスメントを受けたと答えた割合は6%だったという。今回はテレワーク環境でのパワハラに絞っても5.9%なので、セクハラを含めれば以前より相当に高い。「ハラスメントは人と人とが関わる限り、いつでもどこでもどのような働き方でも普遍的に発生する問題だと言える。こう認識したうえで、リモハラにも対処していかなければならない」(同)と指摘する。

「肌感覚のマネジメント」は通用しない

 なぜリモハラは起こるのか。第1の原因として、上司のマネジメントスキルやスタンスの問題がある。東京大学大学院の佐々木氏は「出社勤務とテレワークでマネジメント上、気を配らないといけないポイントは違う。それなのにテレワークに合ったマネジメントに切り替えられず、上司が過度に心配して、取り組んでいる仕事などについて頻繁に部下へ確認することが起こっている」と分析する。

リモハラの主な原因
原因詳細
上司のマネジメントスキルやスタンスの問題上司が、部下の働きぶりを直接見て確かめるような肌感覚のマネジメントスタイルを採用していたり、「部下を信用していない」「職場に来ないと仕事していると思えない」といったスタンスを取ったりしている
コミュニケーションルールの欠如ルールがないため、夜遅くに仕事を依頼したり、自身の都合ですぐに連絡を取ったりしても問題ないと思った上司が、部下を不快にさせる行動を取ってしまう
Web会議時に生まれる誤解相手の顔画像を見ながらコミュニケーションを取っているうちに、2人きりになったという感覚を持ちやすく、親しくなったと誤解しがち。セクシュアルハラスメントにつながりやすくなる