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 高級料理の一品といえば、ステーキを挙げる人は少なくない。ホテルや高級料理店では、プロの料理人らしいパフォーマンスとともに供される。ステーキ料理は食材も大切だが、それだけでなく料理人の調理技術に依存した部分が多いため、かつては家庭では簡単に作れなかった。

 しかし近年、低温調理器が安く手に入るようになり、家庭でも簡単に作れるようになってきている。こうした料理は、ステーキだけではない。料理の歴史を見てみると、テクノロジーの普及で高級料理はどんどん庶民化されている。そこからテクノロジーの方向性も味わうことができる。今回はテクノロジーの“民主化”について考察する。

低温調理器が人気だ

 低温調理は、約40年前にフランスで発明された。焼く、蒸す、煮るに次ぐ第4の調理法とされる。専用の調理器が、コンロの火を使わずに湯を循環させながら60度以下の低温で食材をじっくりと加熱する。低温での調理のため、肉や魚のタンパク質の凝固を防げ、食材を柔らかいまま調理できる。食材本来のうま味やビタミンなど多くの栄養素を逃さずに調理できることもあり、ヘルシーな調理法としても注目されている。

 実は、低温調理とは日本の独特な呼び方である。発祥地のフランスでは「sous-vide」と言う。いわゆる「真空料理」の意味で、英語でも同様の表現を用いる。つまり、この調理法の本来の特徴は、「食材を真空の袋に密閉して温度をコントロールする」というところにある。

 もともとは、欧米のフレンチレストランなどが真空パック専用の大きな機械を厨房に設置して行っていた業務用の調理法だった。だが近年、小型で安価な低温調理器が出回るようになり、家庭でも手軽に低温調理を行えるようになってきている。

 日本でも人気を呼び、関連のレシピ本も出版されている。家電量販店では最近、低温調理器の専用ブースも設けられ、海外メーカーの製品を中心に多数の同調理器が展示されることも増えている。1万円前後で購入できる製品もあり、普及段階に入ったといえる。

量販店の低温調理器専用売り場
家電量販店の低温調理器専用売り場
(撮影:筆者)
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 低温調理器の家庭市場を開いたのはベンチャー企業の米アノーバ(Anova)だ。2013年に米国シリコンバレーで創業した同社は、「誰でもプロのように料理できる」を理念にクラウドファンディングで資金を調達し、ヒーターとファンと温度計を一体化した低温調理器を開発した。

 同調理器は、別に用意した鍋と一緒に使う。食材をファスナー付きの食料保存袋に入れて真空に近い状態で密封し、水をためた鍋に入れる。その上で、同鍋に低温調理器を差し込んで温度と時間を設定し、スイッチを押す。すると、低温調理器のファンとヒーターが水を循環させながら温度を上げていく。当初の価格は199ドルだったが、2018年に100ドルを切り、人気を博した。

 プロ用の調理機器が家庭用に降りてくることは、最近始まったことではなく昔からあった。例えば、蒸気圧を利用した圧力鍋と、水分を含んだ食品などを電磁波で発熱させる電子レンジなども業務用の大型器具から小型家庭用へ進化してきたものだ。

 便利でおいしく料理を作れる機器は必ずテクノロジーで素人にも利用できるように改良されて普及する。料理そのものも、高級料理から庶民の料理へと広がりを見せる傾向がある。「高級」とは、金銭や権利など特定の階層だけが利用できることだ。昔の宮廷や貴族向けの美食文化は既に庶民的な食文化の一部となった。

 料理は高級なものから庶民のものへ、技はプロ向けのものから一般向けのものへ、調理機器は業務用から家庭用へ、値段は高いものから安いものへと変化し、それらが相まって専用・専有品からの「民主化」が進む。

 そして、それを支えているものの1つがテクノロジーの民主化である。