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 料理をするならばキッチンは欠かせない。どの家でも、大きくても小さくても、ほとんどキッチンがある。近年、時代の流れでキッチンの役割が大きく変わり、新たな転換期を迎えている。今回は、台所からシステムキッチンへの過去のイノベーションを振り返りながら、これからのキッチンに求められる新しい価値を4S(システム、ソーシャル、スマート、スタジオ)という視点で考察する。

台所からシステムキッチンへ

 キッチン(台所)は、屋内で調理を行うためにつくられた場所である。大昔、食べる場所は野外だった。住まいが誕生すると台所が間取りの主役になる。道具の大半は水道、ガス、電気の傍らにある。台所は、文字通り調理する作業「台」がある「所」という意味だ。世界各国の異なる食文化や生活習慣がその国のキッチンに凝縮されている。

 日本では、戦後の経済成長に伴い、昭和50年代からシステムキッチンが普及し始めた。台所という呼び方も一部ではキッチンに変わった。そのシステムキッチンは、京都大学准教授の藤原辰史氏の著書『ナチスのキッチン』によると、ドイツの台所から生まれた。20世紀の前半、家族だんらんの機能を含んだ多機能空間だった台所は、主に戦争を背景に「労働」という専門機能に特化していった。台所で働く女性は、戦争に行く男性のために、少ない食料でいかに「勝つための」栄養をつくり出すことができるか、どれだけ「勝つために動く機械」になれるかが求められた、と同氏は記している。そんな中で、機能性を追求するシステムキッチンが生まれ、時代と共に普及していったという。

 システムキッチンは、収納具、調理・洗浄設備、作業台など色や寸法をそろえた各種ユニットを組み合わせ、一枚板の天板(ワークトップ)を載せ、水道やガス台などと一体にできるようにしたキッチンのことだ。スペースの有効利用、洗練されたデザイン、用途に合わせた機能的な収納で人気を博した。

 台所からシステムキッチンへの進化は、一言で言うと、昔の台所空間の「工業化」である。具体的には、「まきや炭」から「ガスと電気」へ、分散から集約へ、雑然から洗練へ、いわゆる料理をする空間のイノベーションだった。

 そのメリットはよく実感している。私はまだ子どもだった1970年代を、中国で過ごした。当時の中国は日本より遅れていて、まだ台所の時代だった。当時の一般家庭では、煙突付きの練炭ストーブが日常の調理用や冬の暖房用の熱源だった。点火してしばらくは、煙と一酸化炭素を大量に発生するため、原則として屋外で着火する。また、燃焼が安定してから屋内に入れるが、その場合でも換気に気を付けなければならず、相当苦労した。

 日本のシステムキッチンは、1973年にクリナップが発売したのが始まりである。ドイツのキッチンから着想を得たクリナップが日本向けに改良し、「システムキッチン」と名付け、国内市場で販売を開始した。以来、キッチン専業メーカーとなるクリナップをはじめ、多数のメーカーが多様なシステムキッチンをつくり出した。システムキッチンの普及と同じ頃、多くの調理家電が登場し、家事労働は効率化された。

 キッチンを調査するために調べたところ、驚いたのが、大阪の商業一等地である梅田エリアには、なんと10社ほどのショールームが設けられていることだ。どれも広いスペースを取って展示を行っている。コロナ禍でも見に行く人は少なくない。

システムキッチンと共に成長したクリナップの歴史が書かれたパネル
システムキッチンと共に成長したクリナップの歴史が書かれたパネル
(撮影:徐 航明)
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梅田エリアで展示された一部のシステムキッチン
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梅田エリアで展示された一部のシステムキッチン
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梅田エリアで展示された一部のシステムキッチン
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梅田エリアで展示された一部のシステムキッチン
(撮影:徐 航明)

 近年、システムキッチンは、より清潔、より洗練、そして人々のニーズにより合わせる方向で発展している。しかし、キッチン業界はこのまま順調に成長していくのか、疑問を持っている。ライフスタイルの変化やテクノロジーの進化によって、キッチンの形と中身は大きく変わろうとしているからだ。