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技術の年表を作成すべし

 企業研究者の成功条件として考えられる2つ目は、[2]技術の年表を作成せよというものだ。吉野氏はエポックメーキングな技術を示した年表が、企業研究者にはとても役立つと語っていた。技術の歴史を眺めることで、未来の市場性が見えてくるというのだ。

 正直、それほど簡単ではないと感じたが、技術の進化の方向を占うには適した材料なのだろう、また研究者の研ぎ澄まされた眼には未来の技術が見通せるのだろうと、研究者ではない私は受け取った。

 問題は、政治や経済に関する年表はたくさんあるが、技術に焦点を絞った年表はあまりないことだ。従って、いろいろな資料を探しながら自作する手間が必要だろう。

情報収集はオンよりもオフ

 吉野氏に話をうかがっていて面白かったのが、[3]オフ会を活かせというものだ。分野が異なると分かりにくいが、旭化成は化学メーカーであり、電池メーカーではない。そのため、旭化成にいる吉野氏には電池に関する知見がなかったという。とはいえ、他社である電池メーカーから、取引もないのに教えを請うわけにはいかない。そこで、知己のあった両社の幹部同士を通じて非公式な話し合い(オフ会)を設定してもらい、電池メーカーの技術者からいろいろな情報を得たというのだ。

 これは飲み会のようなものでないかと私は思っている。というのは、高輝度青色LED(以下、青色LED)を開発した日亜化学工業のある研究者(ノーベル物理学賞受賞者の中村修二氏ではない)が、「最も役立ったのは、講演会の後の懇親会だ」と語っていたからだ。当時、日亜化学工業は青色LED関連(窒化ガリウム)の研究者を外部から招へいし、研究成果などを発表してもらっていた。だが、その発表の際には研究者の口が堅く、聞きたい質問にはあまり答えてもらえない。ところが、お酒が入るとガードが緩むのか、重要なことをぽろっと口にすることがあったという。この情報が青色LEDを造る上で結構役立ったというのだ。

 実際、吉野氏はこのオフ会で、リチウムイオン2次電池を開発する上では、安全性が開発のネックになるという貴重な情報を電池メーカーの技術者から教えてもらっている。そして、吉野氏は取材で「研究の初期の段階で最優先に解決すべき課題を知ったことで、商品化に有利になった」と明かしてくれた。

英文論文の筆頭著者を譲ってはならない

 ノーベル賞ではときどき、誰が発明したのかについてもめることがある。ある人が受賞したら、それより先に私が……などと反論の声が上がるケースを聞いたことがあるだろう。こうした事態に陥ることを防ぐために、企業研究者は自分の成果は「自分の成果である」と世間にアピールしなければならない。

 何を言っているのかと思うかもしれない。だが、自分の成果が誰かに奪われるということが、研究者の世界でも往々にしてあり得るのだ。事実、先の述べた相当の対価の訴訟では、原告と、かつてその原告と一緒に働いていた研究者や技術者との間で、貢献度でもめていたことが珍しくなかった。日本人はチームワークを重んじ、自己主張を控える傾向があるが、そのことと自分の成果を正当に守ることとは別と考えるべきではないだろうか。

 企業研究者が自分の成果を守る1つの有効な手段としては、英文での論文を投稿する方法が考えられる。研究者の方には釈迦(しゃか)に説法だが、論文は英語で書かれたものでなければ世界で通用しない。すなわち、自分の成果を守るのに役に立たない可能性があるのだ。

 このことを押さえた上で、もっと重要なことがある。それは、[4]筆頭著者(ファーストオーサー)を譲ってはならないということだ。企業研究者の中には、論文をあまり重視しない人もいる。すると、自分が発明や開発した成果に関する論文であるにもかかわらず、研究は行っていない人が代わりに論文を書いて筆頭著者にしてしまうことがある。実際に発明や開発を行った人の中には、自分の名前が載っているからよいかなどとのんきなことを言っているケースがあるというのだ。

 だが、この場合、論文に書かれた成果は「筆頭著者のものである」と世界からは見られてしまう。論文が発表されてから、実は自分の成果だと主張しても遅いのである。