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マスコミを味方に付ける

 「マスコミの暴力じゃありませんか」。青色LEDの発明でノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇氏が、電話を介してかつてこうおっしゃった。静かだが、その声は怒りに満ちているように感じた。この言葉を聞いた時、私は記者という仕事の責任の重さを痛感した。

 赤崎氏が天野浩氏と先述の中村氏との3人で青色LEDの発明に関してノーベル物理学賞を受賞したのは、今では有名な話だ。青色LEDを開発する上で、世界の誰も見向きもしなかった窒化ガリウムという材料を選択し、教え子だった天野氏と共に苦難の道を切り開きながら粘り強く研究を進めていった赤崎氏は、青色LEDの発明に多大な貢献をした。そのことはノーベル賞の受賞をもってたたえられている。

 ところが、実は一時期、赤崎氏と天野氏の名前が一部のマスコミから消えてしまっていたことがあるのだ。その理由は、一部のマスコミが中村氏だけが青色LEDの発明者であると勘違いしてしまったからである。当時、地方にある無名の中小企業に在籍していた無名の研究者が、独力で世界的な発明をなし遂げた──。裏付けを取らずにこの話を信じた一部のマスコミが、赤崎氏と天野氏の業績を結果的に無視し、メディアから2人の名前を消し去ってしまったのである(なお、当然だが学会では正しく評価されていた)。

 赤崎氏の怒りはもっともだ。この時、私は青色LEDの発明の経緯について事実関係を取材していた。当然、赤崎氏にも話をうかがうべきだと考えて電話で取材を申し込んだのだが、その時はマスコミは信用できないので取材は受けないとお答えになった。真の貢献者のお名前をメディアから消してはいけないと思った私は、詳細な取材を進め、以下の記事を書いた。暴力を振るう一員にはなりたくなかったからだ。

 ここで、ある程度反感を受けることを承知で企業研究者に伝えたいのは、マスコミを敵視するのではなく、むしろ[5]マスコミを味方に付けよということだ。事実関係が間違っているのであれば、「間違っている」とマスコミに説明することをお勧めする。確かに、マスコミには勉強不足で技術を理解できない人間もいる。研究者からすれば、あまり相手にしたくないだろう。だが、そもそもにおいて、ノーベル賞を受賞するような研究内容は難易度が高くて複雑であるため、一般の人には理解しにくい。赤崎氏と天野氏には大変失礼なことをマスコミはしてしまったと私は思う。それでも、私は赤崎氏の口から事実をうかがいたかった(なお、その後、赤崎氏に紹介していただいた複数の研究者や天野氏にも取材させていただき、赤崎氏の貢献を知ることができた)。

失敗を積み上げてセレンディピティーをつかむ

 そして、企業研究者の成功条件として最後に挙げるのが、月並みだが、成果が出るまで[6]諦めないことだ。

 ノーベル賞につながる「セレンディピティー」は、意外にも「偶然から生まれた」ということをよく聞く。だが、これは単なる偶然ではない。諦めずに根気強く研究を続け、セレンディピティーを見いだせる領域を狭めていった結果だ。網に掛かるまで魚を追い込むようなイメージといったら伝わるだろうか。吉野氏も天野氏も、ものすごい回数の実験を繰り返したと語っている。無数の失敗を重ねることで領域を絞り込み、セレンディピティーをつかめる確率を高めていく。すると、あるときに、実際にセレンディピティーをつかんで画期的な発明になるというわけだ。

 最後に、吉野氏の取材時の言葉で若手企業研究者にエールを送りたい。「研究は苦しいことの連続だ。だが、苦しさがあるラインを越えると、“ランナーズハイ”のように楽しくなってくる」(吉野氏)。