気化熱を利用して効率的に熱を拡散させる相変化方式の放熱技術の開発が活発だ。既存の空冷や液冷の方式に比べて放熱性能がケタ違いに高い。演算性能を高めるために消費電力を増大させることをいとわない用途が増えていることで、今後、相変化方式の実用化が相次ぎそうだ。
「高性能の放熱技術として、これまで液浸方式が最も優れていると考えて実用化してきた。しかし、演算性能を継続的に向上しようとすると、限界にぶち当たる。数年内には新たな放熱技術として相変化方式の導入が必要と考えて、開発に着手した」。こう明かすのはスーパーコンピューター(スパコン)向け放熱(熱拡散)技術を開発している責任者だ。
相変化が超高速マシンへ
超高速マシンの放熱性能を一層高める技術が、ますます求められている。特にスパコン向けは、他の超高速マシンに先駆けて新技術の取り込みが盛んだ。相変化方式は、既に多くのスパコンが何らかの形で取り入れている。いずれは、仮想通貨のマイニング用マシンを含む多くの超高速マシンに広がる可能性が高い。
冒頭で紹介した液浸による放熱手法とは、液体冷媒をためたタンクに多数のボードを浸す液冷手法のこと。プロセッサーの発する熱を冷媒に伝えて、冷媒の温度を熱交換機で下げて循環させる。液体冷媒は、電気絶縁性が高く不活性のフッ素系液体「フロリナート」(米3Mの製品)である。プロセッサーと放熱フィンにファンで空気を当てて冷却する空冷方式よりも放熱能力が高い。
しかも上述の液浸方式は、液冷方式の中では比較的保守がしやすい。冷媒として高沸点で蒸発が少ない液体を選ぶことによって、タンクを密閉する必要をなくせる。タンク内で液体を循環させる構造も比較的簡素である。
気化熱で放熱効率を高く
相変化方式は、一般には液浸方式よりも設備が複雑でコストがかさむ。保守も面倒になる。それでも冒頭の技術者が相変化方式を選ぶのは放熱能力を格段に高められるからである。半導体チップ面積当たりの放熱量を現在の数十W/cm2から100W/cm2以上に高めることができる(図1)。
データセンターのサーバーラック当たりの放熱量でも高密度化が求められている。NECは、現在の数kW~10数kWを100kW超に高めることが業界の目標となっていると見て、1ラック当たり100kWの電力密度に耐える放熱システムの実用化を目指す。その実現にも相変化技術は欠かせない。
今後、超高速マシンが発する熱は、いっそう増大する見込みだ。既に安価な電力を使って性能を重視する大手ユーザーは増えてきた。演算チップの性能を上げて、消費電力効率は二の次とする(図2)。
大電力を消費する演算チップのすぐ近くまで48Vといった高電圧で給電することで配電電力を抑制する工夫はある1)。しかし、演算性能の低下につながる電力抑制の動機は、今後薄れていく方向にある。
これまで消費電力を抑える主な動機は、電力コストと環境負荷への影響だった。しかし、再生可能エネルギーによる安価な電力を超高速マシンの大手ユーザーが、選択的に使い始めた注1)。環境への悪影響はほとんどなくなる。しかも設備償却が済んだ再生可能エネルギー由来の発電所の電力コストはゼロに近づく。