全3869文字
PR
※本記事は、『日経エレクトロニクス』2011年11月28日号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の社名や肩書き、情報は掲載当時のものです。

交渉の最終期限を2日後に控えた1996年7月29日、日米交渉団は最後の議論のテーブルに着いた。交渉は最終日の7月31日にようやく前進し始めるが、最終合意に達することなく夜は更けていった。日付が変わる前に結論を出せなければ、これまでの交渉はすべて水の泡となりかねない─。牧本ら日本側交渉団は、絶体絶命の危機に直面していた。

日米半導体協定の失効後の枠組みに関する合意を交わした、牧本氏(左)と米Texas Instruments(TI)社 Vice Chairman(当時)のPat Weber氏(右)。
日米半導体協定の失効後の枠組みに関する合意を交わした、牧本氏(左)と米Texas Instruments(TI)社 Vice Chairman(当時)のPat Weber氏(右)。
[画像のクリックで拡大表示]

 7月29日の午前9時に始まった交渉の冒頭、日本側リーダーの牧本はこう口火を切った。

「前回の交渉では最終合意には至りませんでしたが、進展はあったと考えています。タイムリミットまではあと3日。丸1日を費やした前回の交渉の3倍の時間が残っているわけです。ここにいる全員が納得する結論を必ず導きましょう」

 だが、いざ議論が始まってみると、日米交渉団は相変わらず双方の主張を譲ろうとしなかった。これといった進展がないまま、初日そして2日目と時間ばかりが過ぎていく。交渉は民間側と政府側で並行して進めていたが、牧本らは日本の政府高官に芳しい成果を伝えられずにいた。

 2日目の交渉を切り上げようとする頃、米国側リーダーのPat Weber(パット・ウェーバ)が疲労の表情を浮かべて言った。

「良い表現ではないことを承知で言わせてもらうが、我々の交渉は完全に“impasse(インパース)”にはまり込んでいる。正直言って、私はいささか失望している」

 牧本には耳慣れない“Impasse”とは、“袋小路、行き止まり”を意味するフランス語由来の英語だった。交渉はまさに袋小路という表現がふさわしい難局に陥っていた。

「昨日の朝、ネバー・ギブアップでいこうと誓ったばかりじゃないか」

 心の中でパット・ウェーバにこう叫んだ牧本も、交渉の行き詰まりを痛感せずにはいられなかった。