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ホンダのスポーツカー「NSX」は最高出力373kW、最大トルク550N・mの高性能ターボエンジンを搭載する。ただ、燃費や環境への配慮もおろそかにしていない。出力の大きな過給エンジンの設計で大切な冷却を徹底的に強化することで、出力と燃費を両立させた。

※『日経Automotive』2018年6月号に掲載された記事を再構成・転載しました。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

 ホンダが4輪駆動のスポーツカー「NSX」専用に開発したエンジン「JNC1」(以下C1)は、燃費志向の強い一般車のエンジンと違う出力志向のエンジンだ(図1)。排気量3.5LのV型6気筒DOHC(2頭上カム軸)ターボエンジンをミッドシップに縦置きする(図2)。

図1 ホンダ「NSX」のエンジン
図1 ホンダ「NSX」のエンジン
縦置きのV6ターボエンジンで最高出力は373kW、最大トルクは550N・mである。
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図2 NSXのエンジン搭載位置
図2 NSXのエンジン搭載位置
(a)NSXはミッドシップのハイブリッド車(HEV)である。(b)エンジンは縦置きで、各バンクにターボチャージャーがある。
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 C1は高性能なエンジンである。最高出力373kWを6500rpmから7500rpmまで、最大トルク550N・mを2000rpmから6000rpmまでの広い範囲で発生する。「レジェンド」に搭載する排気量が近いNA(自然吸気)エンジン「JNB1」(以下B1)が231kW、371N・mだから注1)、それぞれ1.61倍、1.48倍だ(図3)。NSXはハイブリッド車(HEV)で、モーターを含んだシステム全体の最高出力は427kW、最大トルクは646N・mだ。

注1)B1はセダン用のおとなしいSOHC(頭上カム軸)エンジンだが、1990年から2006年まで生産していた旧「NSX」用のエンジンより出力、トルクとも高い。
図3 エンジンの出力とトルク
図3 エンジンの出力とトルク
太線がNSX用の「JNC1」、細線がレジェンド用の「JNB1」。C1はB1に対して出力が1.61倍、トルクが1.48倍ある。
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実は環境エンジン

 燃費や環境への目配りも欠かせない。ユーザーは自然、環境に優しい行動をすることを周囲がどうしても期待する富裕層である。フェイクファー(人造毛皮)の技術が向上して品質が上がった途端に、超一流ブランドのコートから本物の“ファー”が姿を消したことは記憶に新しい。

 排ガスでは欧州の「Euro6」、米国の「ULEV125」に適合した。正味燃料消費率(BSFC)は最小で232g/kWh(図4)。この時の熱効率は36.3%だ。ミラーサイクルを使わない性能志向の過給エンジンとしては高い数字だ。この結果、実車の燃費は、HEVであることも後押しし、北米燃費モードでは21.1mpg、日本のJC08モードでは12.4km/Lとなった。

図4 回転数とトルクの関係
図4 回転数とトルクの関係
等高線はBSFC。図中の星マーク(★)はBSFCが232g/kWhの点で、熱効率は36.3%だ。
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冷却がすべてを決める

 出力と燃費を両立できた理由の一つは10.0という圧縮比の高さだ。出力の大きな過給エンジンの設計で大切なのは冷却である。過給圧は105kPaと高い。狭い燃焼室に大量の空気を押し込み、大量の燃料を燃やして大量の熱を発生する。どんどん冷やさないとノッキング(異常燃焼)してエンジンが壊れる。それを恐れて圧縮比を下げると、出力ばかりで燃費の悪い“一昔前の高性能エンジン”になってしまう。冷却が悪いとピストンやバルブの温度が上がって寿命が短くなるし、次の空気も入って来にくい。

 その第1の対策としてホンダは鉄を溶射し、シリンダー内壁に極めて薄い鉄粒子の膜を生成してライナーとし、冷却を強化することを選んだ(図5)。

図5 鉄溶射シリンダー
図5 鉄溶射シリンダー
鉄ライナーをより薄くすることにより冷却性能を強化し、十分な冷却水路を確保しながらボアピッチを詰めた。
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 ガソリンエンジンのブロックの多くはアルミ(Al)合金製である。シリンダーの内面に柔らかいアルミを露出させると、ピストンやピストンリングに擦られて、たちまち摩耗してしまう。このため、通常はあらかじめ鋳鉄製のライナー注2)を造り、ブロックを鋳造するときに鋳込んでいる。

注2)鋳鉄製の場合は自立するのでスリーブと呼ぶこともある。鉄溶射は壁に貼り付いているのでライナーである。ここではライナーに統一する。

 問題は鋳鉄の熱伝導率が低いこと。一般的に鋳鉄は48W/mK、アルミは204W/mKと言われている注3)。1/4以下しかない。鋳鉄製のライナーはまるで断熱材を巻いているようなものだから、冷却を大きく邪魔する。

注3)熱伝導率はともに20℃での数字である。

 温度差が同じ場合、熱の流れやすさは素材の熱伝導率に比例し、熱が流れる距離に反比例する。熱が流れやすいようにするためには熱伝導率の高い素材を選ぶか、断熱材を薄くするか、どちらかの対策が必要だ。

 ライナーの目的は表面の硬さ、すなわち耐摩耗性を上げることだ。本質的には表面の皮1枚だけあればよく、厚さは要らない。ところが鋳鉄製のライナーはブロックを鋳造する時の圧力に耐えるために約2.5mmの厚さがある。鉄溶射ライナーとすることで、これを薄くすることを選択した。

 鉄溶射ライナーは不活性ガスを電離して作り出した荷電粒子を含む超高温の気体(プラズマ)を熱源として鉄粉を溶解し、プラズマジェットによって超音速でシリンダー内壁に噴霧して造る注4)。微細な鉄の粒子が重なり合うようにして膜を生成し、耐摩耗性のある層を形成する。

注4)日産自動車も鉄溶射には力を入れており、「VR38DETT」ではプラズマ溶射、「VR30 DDTT」「MR16DDT」「HR12DDR」ではアーク溶射を使っている。

 プラズマ溶射には金属ワイヤーを使う方式と金属粉を使う方式がある。溶射膜が緻密になることから金属粉を選んだ。