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“超”低燃費エンジンの開発が進んでいる。超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)や大量EGR(排ガス再循環)、HCCI(予混合圧縮着火)、吸気量を大きく減らしたミラーサイクル――。これらを実用化するには条件がある。激しくなると予想されるターボラグを克服することだ。ドイツ大手自動車メーカーが実用化し始めた、ターボラグを解消する過給技術を解説する。

※本記事は、『日経Automotive』2017年9月号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

 可変ターボチャージャーや電動過給機など、ターボラグを解消する技術をドイツメーカーがこぞって実用化し始めた。Volkswagen(VW)社が2016年12月に部分改良した「ゴルフ」に搭載する、排気量1.5Lの直列4気筒ガソリンエンジン「EA211 TSI evo」(図1)。米Honeywell社の可変ターボを装備した。

図1 可変ターボを積んだ「ゴルフ」
図1 可変ターボを積んだ「ゴルフ」
2機種ある1.5Lエンジンのうち、出力の小さい96kW版だけに可変ターボを採用した。ターボラグを半減させ、燃費も10%向上した。
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 Audi社は2016年5月、SUV(スポーツ・ユーティリティー・ビークル)「SQ7 TDI」に排気量4LのV型8気筒ディーゼルエンジンを搭載、フランスValeo社の電動過給機を装備した(図2)。Daimler社は2017年7月、Mercedes-Benz「Sクラス」に排気量3Lの直列6気筒ガソリンエンジン「M256」を搭載、米BorgWarner(BW)社の電動過給機を採用した(図3)。

図2 Audi社のSUV「SQ7 TDI」
図2 Audi社のSUV「SQ7 TDI」
排気量4LのV型8気筒ディーゼルエンジンを搭載、フランスValeo社の電動過給機を装備した。ターボは2個あるが2段ターボではなく、片方を使うか両方を使うかを切り替えるタイプだ。
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図3 Daimler社の「Sクラス」
図3 Daimler社の「Sクラス」
排気量3Lの直列6気筒ガソリンエンジンに米BW社の電動過給機を組み合わせた。ターボはツインスクロール1個。
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低燃費エンジンに弱点あり

 可変ターボにしても電動過給機にしても、今のところはターボラグを解消することが目的のドイツ車の技術だ。だが数年後、熱効率45%を狙う低燃費エンジンが日本で実現するかどうかを左右するキーテクノロジーに化ける。ターボラグが低燃費エンジンの存在を揺るがす大問題だからだ。

 燃費規制は着々と進み、許されるCO2(二酸化炭素)排出量は2021年に欧州、2025年に米国と中国で100g/kmを切る。日本の各社はそれに備えて超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)や大量EGR(排ガス再循環)、HCCI(予混合圧縮着火)、吸気量を大きく減らしたミラーサイクル(本記事ではアトキンソンサイクルと同義)などの低燃費エンジンを開発している。

 これらは共通の弱点を抱える。自然吸気の状態で排気量当たりのトルクが小さいことだ。排気量を増やすことやターボによる過給を強化するなどの対策を総動員しないと、非力なエンジンになってしまう。

 ところが過給を強化するために圧力比を大きくすると、二つの理由でターボラグが問題になる。一つめは圧力比を高めるためにターボの回転数を上げる必要があること。最高回転数に達するまでの時間が長くなり、ターボラグが増える。もう一つは、自然吸気のときと過給したときのトルクの違いが大きくなるため、ターボラグを感じやすくなることだ。しかも低燃費エンジンは排ガスの温度や圧力が低く、ターボを加速する力が弱い。

ドッカンターボ再び

 ターボ車が市場に出始めた頃、ターボラグは激しく、「ドッカンターボ」と呼ばれて敬遠された。2017年時点で、ドッカンターボはほとんど解消した。ターボ自体を改良することや直噴で圧縮比を高めることなどによって、ターボラグは大幅に改善した。特に敏感なユーザー以外は気にならない水準だ。

 ところが、前に述べた低燃費エンジンで単純に圧力比を上げると、大きなターボラグが発生する。

 例えば超希薄燃焼では空気過剰率2.2以上を想定している。排気量を増やせない場合、圧力比が2.2のターボを使ってやっと現在の自然吸気・ストイキ(理論空燃比)燃焼並みの燃料を噴ける。2.2というのは1段ターボでは上限に近い数字だ。何か対策を打たねば間違いなくドッカンターボになる。

 実用化が始まった可変ターボや電動過給機などの技術はターボラグ対策にぴったりだ。低燃費エンジンの開発者はこれに期待しているはずだ。

ガソリンだから高くなる

 可変ターボは可変ジオメトリー、可変ノズル、可変ベーン、可変容量などとも呼ばれる。タービンの外側にあるスクロールから流れ込むところにベーンを並べ、ベーンの角度を変える(図4)。エンジンの回転数が高い時にはベーンを開き、大径ターボのように排ガスの力を吸入空気にしっかり伝える。低い時にはベーンを絞り、小径ターボのように応答を高めたターボにする。

図4 可変ターボの仕組み
図4 可変ターボの仕組み
左が透視図、右が作動原理。三菱重の資料を基に作成。
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 Honeywell社によると、これまでのWGV(ウエイスト・ゲート・バルブ)ターボに比べて、可変ターボはアクセルを踏んでから最大トルクの90%に達するまでの時間が48%短くなる(図5)。

図5 Honeywell社の可変ターボとWGVターボの応答
図5 Honeywell社の可変ターボとWGVターボの応答
慣性モーメントをそろえて計測した。全開の90%のトルクに達する時間は、WGVターボが5.1秒であるのに対し、可変ターボは2.9秒。(出典:N.Bontemps et al.「VNT Turbocharger for Gasoline“Miller”Engines」)
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図6 BW社の可変ターボ
図6 BW社の可変ターボ
Porsche社のクルマに載っているもの。
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図7 ゴルフの「EA211 TSI Evo」エンジン
図7 ゴルフの「EA211 TSI Evo」エンジン
ミラーサイクルを使い、排気温度は880℃だ。
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図8 Honeywell社のガソリン車用可変ターボ
図8 Honeywell社のガソリン車用可変ターボ
排ガス温度が20℃上がったことに対応しただけで、ディーゼル車用と大きく違わない。
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 実はこの可変ターボ、ディーゼルエンジンでは常識だ。少なくとも先進国の排ガス規制に対応するエンジンにはほとんど付いている。有効性は証明済みだ。

 ガソリンエンジンでも実例はあるが、出たり消えたりを繰り返していた。2016年時点でガソリン車に可変ターボを装備するのはドイツPorsche社の価格の高い車種だけになっていた(図6)。

 理由は排気温度。ディーゼルエンジンは膨張比と空気過剰率がともに高いために排気温度は830~860℃と低くなる。タービンローターほどの応力がかからないベーンなどは耐熱合金を使うものの、せいぜいSUS(ステンレス鋼)の水準で十分。

 これに対してガソリンエンジンの排気温度は1000~1050℃と高い。各部にタービンローターと同じインコネルなどのNi(ニッケル)系耐熱合金を使うため、どうしても高くなる。

 VW社は、TSI evoの開発でミラーサイクルと可変ターボという既存の技術を絶妙に組み合わせた。ミラーサイクルは膨張比が大きいため排気温度が低い。TSI evoの排気温度は880℃である(図7)。このためディーゼルエンジン用と同じSUSで十分。インコネルの出番はなく、安く造れる(図8)。

 幸いにもミラーサイクルだけではなく低燃費エンジンはどれも排気温度が低い。熱を無駄なく動力に変換しているので当然だろう。ディーゼルエンジンの可変ターボを使いやすい。

 ただし「ディーゼル用そのまま」ではない。ゴルフの要求仕様で880℃は、ディーゼルの860℃より微妙に高い。あくまでもSUSだが、汎用品よりNiなどの耐熱成分を少しだけ増やしている。

可変ターボに向き不向き

 TSI Evoの排ガス温度が低かったのは、全域でミラーサイクルにするからだ。ミラーサイクルエンジンでは、バルブタイミングを変える機構を使い、全負荷域でミラーとせずに通常の時期に吸気弁を閉じるものが多い。燃費と出力を両立させるためには正しいやり方だが、全負荷域で排気温度が上がるため、ターボにとっては厳しい。可変ターボをあきらめるか、高価な素材がいる。

 同じことはミラー以外の低燃費エンジンにも言える。安い可変ターボが使えるのは全域超希薄、全域大量EGR、全域HCCIなど、現時点では“全域”がつくものだけである。

 ただ将来は“全域”の制約がなくなる可能性はある。ターボ各社が860℃から1050℃に至る温度領域のそれぞれに適合する可変ターボの開発を進めている。例えば三菱重工エンジン&ターボチャージャは耐熱950℃の可変ターボを試作し、この温度でベーンなどにSUSが使えることを確認した。

電動過給機でとりあえず加圧

 可変ターボが使えないエンジンでは電動過給機の出番だ。Audi社やDaimler社が採用した電動過給機は、ターボと同じ遠心型のコンプレッサーをモーターで直接回すもの。電動コンプレッサーや電動スーパーチャージャー、電動ターボとも呼ぶ。応答性は高いが電力消費量が多いため、ターボの代わりにはならない。初めの一瞬だけ過給してターボラグをなくす。

 例えばBW社が、スロットル弁の上流で測った過給圧が定格の1.7barに達する時間を見ると、電動過給機がない場合に比べて約半分になった(図9)

図9 BW社の電動過給機による応答性の変化
図9 BW社の電動過給機による応答性の変化
定格の1.7barに達する時間が半減した。
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 電動過給機はターボメーカーがそろって開発している。BW社とHoneywell社、IHI、三菱重の4社だ。

 Valeo社やカナダMagna社などのターボを造っていないメーカーまで参入する。ターボ開発の技術的難易度はタービンが最も高く、コンプレッサーは低い。造り方も耐熱綱を研削して造るタービンに対し、コンプレッサーはAl(アルミニウム)合金を切削して造る。生産設備の投資額がケタ違いに安く、電動過給機の参入障壁は低い。モーターメーカーや家電メーカーが参入し、価格破壊を仕掛けてもおかしくはない。

 迎え撃つターボメーカーは両方を供給できることを武器にする。ターボを造れない新規参入者が電動過給機を供給すると、ターボと電動過給機のメーカーが別になる。両者は連携して働くため特性を合わせる必要がある。ターボメーカーならば両方を供給するので細かい要求に応えられる。

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