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本記事は、日経エレクトロニクス2008年2月25日号の特集「五感センサ 機器をヒトに近づける」をWeb記事用に分割して再掲載したものです。社名や肩書きは執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

 触覚、嗅覚、味覚は五感センサの中でこれまで開発が遅れていたが、最近になって新しいセンサ素子の開発例が急速に増えている。開発指針は生体の感覚器官に、いかに近づくか。センサ素子だけでなく、配線や情報処理も生体が手本になっている。人間の感覚を再現できれば、それだけ「人間らしい」機器の開発に近づく。一部では既に、人間の感覚をはるかに超えるセンサも登場している。

聴覚 電子機器の聴覚に対応するセンサはマイク

 以前、米Microsoft Corp.が「Windows Vista」の発売に先駆けてアナリスト向けに新OSの音声認識機能を公開実演した時に、この「事件」は起こった注9)。実演者は、「ねえママ」という音声を認識させて、テキストを表示させようとした。ところが、「ねえ叔母さん」と表示された。実演者が口頭で指示して修正を試みた末、以下のようなその場にふさわしくない一文が現れた。「Dear aunt、 let’s set so double the killer delete select all(叔母さん、殺し屋に2倍払って全部始末しちゃって)」。苦笑いの実演者は口に人さし指を当てて、聴衆に静かにしてくれるように頼んだ。

注9) この時の模様を録画したビデオがYouTubeに投稿されている(URLはhttp://www.youtube.com/watch?v=kX8oYoYy2Gc)。

音源分離がキーワード

 冒頭の出来事は、音声認識技術の難しさを端的に示す事例の一つだ。この分野で先端技術を持つMicrosoft社の技術を使っても、このような失敗が起きることがある。要は、認識対象になる音声と周囲の雑音を明確に分離する技術のハードルは高く、そしてまだ発展途上なのだ(図20)。

図20 聴覚センサ技術の進化の方向性
図20 聴覚センサ技術の進化の方向性
音源の位置を正確に把握し、複数の音源が発する音を聞き分ける聴覚機能の技術の開発が進んでいる。より信頼性が高く、使い勝手の良い電子機器のヒューマン・マシン・インタフェースを実現する可能性を開く。従来、聴覚の機能をつかさどるマイクは、実際の音を忠実に取り込むために音質などの向上が図られてきた。カー・ナビゲーション機器やパソコンなど一部の電子機器の入力補助としては、音声認識技術を組み合わせたヒューマン・マシン・インタフェースが利用されていた。しかし、人間の聴覚と比較すると、機械とのコミュニケーションを行うための手段としては、信頼性と使い勝手に問題を抱えていた。
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図21 小型のSiマイクが聴覚機能の応用を拡大
図21 小型のSiマイクが聴覚機能の応用を拡大
MEMS技術を応用した小型Siマイクの利用が本格化し始めた。現時点では、ノート・パソコンや携帯電話機の録音や通信などに向けて搭載されている。今後は用途がさらに広がりそうだ。機器の形状や大きさに影響されずに搭載可能なほど小型であること、周辺回路を集積できるため電気的な雑音の影響を受けにくいためだ。図は、Akustica社のSiマイクuAKU2000v。4mm×4mmのSi基板上に、MEMS技術で製造したマイクに加えアンプやA-D変換器など周辺回路を集積している。中央の円形部分がマイク。
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 電子機器の聴覚に対応するセンサはマイクである。オーディオ機器、パソコン、カーナビなど、いまや多くの電子機器がマイクを搭載している。そして聴覚センサの素子としては、小型・高性能のSiマイクの登場で、機器に搭載する場所に悩むことなく聴覚機能を盛り込めるようになった。一つの機器に複数のSiマイクを搭載することで、機器がこれまでにない、優れた「耳」を持つこともできる(図21)。

Siマイク=MEMS技術を用いて製造する小型で高性能なマイク。ただ小型であるだけではなく、マイクと周辺回路をつなぐ配線の長さが短いため、電磁波雑音を混入しにくく高性能という特徴を持つ。

 本来なら、Siマイクを利用したヒューマン・マシン・インタフェースがもっと普及してもよいはずである。しかし、現実はそうなってはいない。その理由は、音声認識技術が未成熟であるからだ。逆に言えば、認識対象の音声から周囲の雑音など余分な音声を分離する「音声分離技術」の改善が、聴覚センサが普及するためのカギなのだ。