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 「金融について学びたいのですが、何を勉強すれば良いでしょうか」――。大学時代、金融制度論で著名な教官に質問をしたことがあった。すると教官から、「学生はそういう質問をする前に20冊くらい本を読んでくるものですよ」と指導され、滝のように汗をかいた経験をした。ただ、実際にその時に示された1冊は筆者のなかで、今に至るまでさまざまな思考における基礎中の基礎として土台をなしている。さらに言えば、筆者が新卒で就職した企業のある部署が同著を邦訳していたという縁もある。

 その本の邦題は、『金融の本質―21世紀型金融革命の羅針盤』という。2000年に野村総合研究所(NRI)より出版されている。原著の出版は1995年に遡り、タイトルは“The Global Financial System:A Functional Perspective”。直訳すれば「グローバル金融システムに関する機能的視点」という内容だ。

 同著の内容は、「金融システム」がおおむね6つの機能から構成され、その組み合わせや提供方法の違いが国や制度によって異なること、また、市場を活用したアンバンドリングや効率的なマッチングが進む可能性を丁寧に整理したものである。6つの機能とは、(1)決済機能(2)資金プール・小口化機能(3)異時点・セクター間の資源移動(4)リスクの再配分(5)情報提供・価格発見(6)インセンティブの設計機能、である。

 著者陣にはノーベル経済学賞受賞者も含まれており、威厳がありつつも分かりやすく、今でも周囲には必読本として伝えているものだ。

金融の進化を解説できる「機能別アプローチ」

 金融をどう捉えるか。例えば、社会科の授業では「間接金融」と「直接金融」がある、といった伝え方をする。あるいはセミナーのような場では、金融サービスを受ける場所として「銀行」「証券」「保険」がある、といった会話になる。しかし、これらの議論の終着点は、形式論ないしはプレーヤーの在り方に偏ってしまうことも多い。

 その点、冒頭に挙げた書籍が示す機能別アプローチは、金融の進化を丁寧に解説できる魅力がある。例えば、ある銀行が住宅ローンを多数貸し出しており、それを1つの証券にして機関投資家に保有してもらう形を整理しよう。

 「預金を多数の人から集める」行為は、先述した(2)に相当する。「短期の預金を集めて、住宅購入者に長期で貸す」のは(3)に当たるだろう。「リスクを自らのバランスシートで取る」行為は(4)であり、「住宅や借り手の質を見極める」のは(5)と言える。

 銀行はもともとこれらの機能を果たしていたが、(2)~(4)の機能は機関投資家に代替してもらい、(5)についても格付け機関に融資の質を認証してもらう。こうすることで、銀行自身は貸し出しの現場に特化できるようになる。

 アダム・スミスを引用するまでもないが、社会のさまざまなプレーヤーには得手不得手があり、分業が可能ならばするに越したことはない。そうしたなか、従来ならば情報を伝えたり処理したりするコストが高いという理由で複数機能を1つの会社が担うことが効率的(範囲の経済性が存在している)だった。ところが、情報処理技術や認証の在り方が高度化するのであれば、それぞれの機能を別々に担う方が効率的な構成になり得る。

 これまで1つのプレーヤーが担っていた機能がバラバラになることを、「金融のアンバンドリング」と呼ぶ。最近は、アンバンドルされた後、異なる組み合わせが成立することを「リバンドリング」と呼ぶようにもなっている。察しの良い方はお気づきかもしれないが、本コラムで繰り返し見てきた銀行API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)とネオバンクの関係性などにおいても、その基礎にあるのは分業論だ。