英国のFinTech関係者の間で最近、あるリポートが頻繁に参照され、話題になっている。2013年にインキュベーションスペースである「Level 39」を開設してから、競争当局を活用したイノベーションの促進に至るまで、英国のFinTech行政は多くの先駆的な推進策を実行に移してきた。今回はリポートの骨子を軸に、国として考えるべき促進策を学びたい。
リポートの名は「カリファ・レビュー」。2021年2月に発行された。名前の由来となっているカリファ氏は、決済インフラ企業である米ワールドペイ(Worldpay)のCEO(最高経営責任者)を長く務め、2018年には金融技術への貢献をたたえて大英帝国勲章を授与された人物だ。同リポートは2020年7月に開始された英国でのFinTech振興政策の点検といった体裁を採っているが、結果的には100ページを超える広範な提言をまとめたものになった。
同リポートの土台をなすものとして、これまでの戦略的なFinTech推進政策の蓄積の上に英国経済がそのメリットを余すことなく享受するための具体的な経済政策が垣間見える。とりわけ、その主張がまとまってる5つのブロックを見ていこう。
市場の創造を政府が本格支援
・新興技術を活用可能とする政策パッケージおよび規制フレームワークを提供。優先的な成長領域を定めつつ、デジタルIDやデータ標準化政策を進める
・革新的な技術を拡大展開できるよう規制サンドボックス制度を拡張、提携支援を実施
・デジタル経済タスクフォースを設立し、民間から見た政府の取り組み窓口を一本化
・通商政策におけるFinTech産業の永続的支援
(出所)”Kalifa Review of UK Fintech” より筆者作成、以下に同じ
1つめは、政策的支援の在り方を述べたものだ。1点目の規制フレームワークの提示においては、例えばOBIE(オープンバンキング実施機構)などが推進に寄与していたデータアクセスにおける標準化の努力がまだ十分ではなく、ID基盤などを含めて世界的なリーダーシップを発揮することを意識した動きが出てきている。オープンバンキングを例に採ると、世界的にはFDX(Financial Data Exchange)やOpen ID Foundation FAPI WG、FDATA(The Financial Data and Technology Association)といったさまざまな仕様標準やデータ整備の流れがある。その一部に、政府が予算をつける形でこの動きを推進していることを挙げている。
2点目は、英国の金融行為規制機構(FCA)が展開してきたフラッグシップ的な振興策でもある規制サンドボックスの延長線に、「スケールボックス」という取り組みを作ろうとするものだ。実際に商品を市場に出そうとする観点が注目される。これまでも規制サンドボックスにおいて数百を超えるプロジェクトが試行されてきたなかで、制度的なグレーゾーンの解消や新技術のPoC(概念実証)だけでなく、市場の創造につなげようとするイニシアチブと言える。ある意味、ベンチャーキャピタル(VC)やエコシステムが担ってきた機能だが、政府も本格的な支援を試みる動きだと言える。
3点目にあるデジタル経済タスクフォースは、複数の政府部門をまたがる規制対応窓口のことだ。さまざまな支援を一気通貫で受けられる印象のある英国政府だが、省庁間での連続した支援体制ができているわけではない。こうした問題意識の下、「Single Customer View(顧客に関するサービス提供側の情報一元化に用いられる表現)」を意識した政策運営を行うことが意識されており、形式にとらわれずに成長産業への支援を実行していこうとする意図が伝わってくる。