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 これはベンチャー振興政策というよりは、通商と労働力確保のための政策なのではないか――。前回紹介した「カリファ・レビュー」を初めて読んだ際、筆者はこんな感想を持った。英国における金融産業の位置づけを鑑みると、同リポートの背後にFinTech領域でのサービス輸出や人材ギャップへの危機意識があることは想像に難くない。この観点について詳細に触れられていることで、本リポートがコミットを伴った提言であることが伝わってくる。本稿では前回に続き、カリファ・レビューの内容とその意図を見ていきたい。

4.国際展開

・FinTech産業の国際展開プランを策定し、官民合わせての促進を実施
・CFIT(5.にて記載)を通じて、国際展開プランの実現に向けた国際協調を実施
・事業品質(本人確認やデータセキュリティー、コンプライアンスなど)を示す「Fintech Credential Portfolio」を制定し、サービス輸出を促進

 世界的にFinTechが拡大するなかで英国は、従前からの政策的後押しもあり、事業の誕生や投資家とのマッチングにおける中心的地位を確保するべく、さまざまな制度を運用してきた。代表的な取り組みを挙げると、FCA(金融行為規制機構)におけるProject Innovateは、日本にも担当者を派遣するなど積極的な概念輸出を展開している。FCAのサンドボックス政策では、数百を超えるプロジェクトがグレーゾーンの技術・サービスをテストしており、中央銀行においてもアクセラレーターが存在する。オープンバンキングに向けた政策的コミットや決済インフラの競争力担保など、それぞれ比類ない支援策を進めてきたといえる。

英国におけるFinTech産業を支える公的・民間の支援
英国におけるFinTech産業を支える公的・民間の支援
出所:カリファ・レビューより画像引用 p83
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 筆者もロンドンのカナリーウォーフにあるFCAの該当部局に何度かお邪魔したことがある。大抵は私よりもくだけた服装の職員がケータリングのランチを振る舞ってくれたり、その場でさまざまなヒアリングをして英国進出のためのプランを(頼んでもいないのに)考えてくれたりするなど、その地位を保つための行動が至る所に垣間見えた。今日における同国の立ち位置は、こうした政策的努力によって支えられてきたものだ。

 だが興味深いのは、このような政策的努力が他国に模倣され始めていることに英国が危機感を覚えている点である。リポートではオーストラリア、シンガポール、フランス、UAE、米国、中国および香港におけるFinTech振興策を取り上げ、FinTechの輸出に関する国レベルでのライバル増加を懸念している。運営コストの高いロンドンと比べて、スペイン・バルセロナやポーランド・ワルシャワなどを含めた地域に拠点が移る可能性があり、現状のFinTech産業の経済規模は追加的な努力がなければ、2030年までに3ポイント減少すると指摘している。この懸念はコロナ禍が招き寄せたリモートワーク化によって、さらに現実的なものになっている。

 カリファ・レビューはこれらの対応として、2018年に制定したFinTechセクター戦略におけるアクションプランの改訂版を策定し、英国における事業構築のさらなるフォロー体制や、特定の注力市場への進出に向けた手厚い支援が必要と述べている。注力市場の例としては、インドにおける融資・資産管理業であったり、中東・アフリカ地域におけるRegTech、中国における決済・送金などを挙げている。このように市場としての魅力付けを怠らず、海外進出においてもはっきりとしたメッセージを持つことが、ポイントとなっている。

 さらには、後述するシンクタンクCFITを設立して活動を強化するとともに、各プレーヤーがグローバルに通用する品質のサービスをすぐに提供できるよう、その要件を定めた「Credential Portfolio」を制定すべきだと記載している。海外進出に向けた品質面での支援を提供して英国内で発展するサービスが海外でも通用するという考え方は、日本のなかでしか通用しないさまざまな基準を運用している状況とは大きく異なる。わずかながらでも参考にされるべきではないだろうか。