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 社会が大変なことになっている。

 この数カ月、次に当コラムを書くときには新型コロナウイルスを巡る見通しが良くなっているのではないかと淡い期待を抱いてきたが、事態はむしろ悪化の一途をたどっている。今、目の前で起きている危機のさなかでFinTechが果たすべき役割が何なのか。米国の過去と現在を見比べながら考察してみたい。

リーマン・ショックとFinTech

 2008年のリーマン・ショックは、欧米におけるFinTech勃興の引き金になった。要因は二つある。

 一つは、銀行業への資本規制強化により銀行以外の貸し手が勢いを増したことだ。金融危機以前の銀行は、いざとなれば政府の支援を受けられるにもかかわらず、本来のキャパシティーを超えたリスクを取って収益を獲得することを許されていた。だが金融危機後には一変する。度を越したリスクテイクが困難になっただけにとどまらず、融資や投資から発生しうる潜在的な損失を十分に吸収できるだけの資本を持つことが、以前にも増して求められるようになった。

 資本規制強化は銀行危機への懸念の軽減には貢献したものの副作用を生んだ。金融危機後の数年間、収益性の回復を強く要請されるなかで金融機関は、審査に手間のかかる中小企業や信用履歴の少ない個人といった層への融資を敬遠する時期が発生していた。

 このギャップを狙って、銀行以外の融資者(ヘッジファンドや富裕層)が抱える資金がデジタルノンバンクやP2P(ピア・ツー・ピア)レンディングといった新しいチャネルを経由して流れ込んだ。世界中で金融緩和が進行するなか、利回りを求めてさまよった資金は、融資を受けられない借り手にとって救いの船である。新たに脚光を浴びたP2P融資は従前のクレジットスコアを活用しつつ、銀行の存在を中抜きして、借り手にはより安価な借入金利、貸し手には有利な運用手段を提供できると宣伝された。象徴的な存在だった米レンディング・クラブを例に採ると、最も信用力のある層にも平均9%弱の金利で貸し付けており、貸倒費用を引いても5%強のリターンが生まれていた格好だ。同社のローン収益は、以下のページから試算できる。

米レンディングクラブのWebサイト

 銀行への資本規制強化が、新興プレーヤーが参入するスペースを生み出したわけだ。

 FinTechが勃興したもう一つの要因として、多岐にわたるデータを活用した信用創造が始まったことが挙げられる。これも金融危機の副産物と言えるが、ウォール街において信用リスクの加工や証券取引の高度化を手掛けていた人材が、今度は融資を受けられなくなった層の信用創造に取り組み始めたのだ。同じタイミングで機械学習の利用が広がったりソーシャルデータを含めた情報爆発が起きたりして、スモールビジネスにおける業態ごとの債務返済力の計測、EC(電子商取引)サイト業の詳細な情報分析、請求書のファクタリング、個人における信用力の見直しなど、様々なケースで革新が見られた。

米オンデックにおける信用創造のイメージ
米オンデックにおける信用創造のイメージ
出所:米オンデックのウェブサイトより筆者引用
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 このようにリーマン・ショックによる金融危機の際には、銀行以外の貸し手が充実して金融システムのリスクを軽減する役割を担ったほか、新たな信用創造によって従来は生まれ得なかった融資モデルが誕生している。FinTechが金融システムの力を強化したとみなすことができる。