「当社はお客様に対して、今後サービスを提供することが難しくなりました。つきましては、口座を8月15日までにお閉じ下さい。同様のサービスをお探しの方には、B社をお勧めいたします」
6月中旬、著名なFinTechサービスが一部の顧客向けにメールで行った通知が衝撃を与えている。送り主は米国の法人向けクレジットカード分野で、新たなカテゴリーを創設したに等しい知名度を持つ米Brex(ブレックス)だ。
創業者であるブラジル出身のドゥブグラス氏は、16歳のときに決済分野で起業した。19歳で売却した後、入学したスタンフォード大学を8カ月で退学。ブレックスを創業し、カード発行が困難なため、小切手・現金での支払いが半分強を占めていた創業期の中小企業を対象に、クレジットカードを発行してきた。
クレジットカードは引き落としが後で行われるため、企業の運転資金を少なくできるというニーズがある。加えてブレックスの場合は特別に、「Uber」との間であれば8%、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の場合には3%といった形で、特定の加盟店での購買において強力なキャッシュバックを提供してきた。創業5年で顧客数は5万社以上に及び、2021年には収益も100%以上で成長。2022年1月の資金調達における企業価値は123億ドルに達している。
冒頭のメールは、そのブレックスが一部の中小企業に送付した内容だ。唐突に送付されたこの通知は、2カ月の期限で口座を閉鎖するように伝えていた。運転資金に困る顧客に対しては、売掛債権担保のサービスを提供する米Bluevine(ブルーバイン)を推奨した。影響範囲は少なくとも2万社以上に上るとみられている。
メール通知の数日後、大きな反響を受け、共同創業者でもあるフランセスキ氏は同社でブログを公開した。メールの内容が、説明を十分に果たしておらず、自社がこれまで築いてきた信頼を毀損するものだったと説明。対象外となる企業の要件が、(1)投資家やWeb3トークンなどを含めて株式出資を受け入れている、(2)50人以上の従業員がいる、(3)50万ドル以上のキャッシュがある、(4)これらの条件を満たしつつあることを顧客や提携先が紹介できること、であることを明らかにした。
ブレックスは、その事業領域の分かりやすさも手伝って日本でも著名な存在だった。3年ほど前の記憶であるが、企業価値がうなぎ登りとなるなか、加盟店手数料という王道のビジネスモデルを採る同社が、なぜこれほどアグレッシブに早く成長できるのか、という分析を行う暇さえ許されない雰囲気があった。そんなことよりも、「いつ、同じことをやるんだ」という雰囲気が日本のFinTechかいわいに醸成されていたように記憶している。
日本でも同様のサービスがいくつか立ち上がるなか、ブレックスの初期投資家とミーティングをする機会もあったが、有用な情報が得られない。「とにかく勢いがある」、「ブランドもしっかり築かれている」、「創業者は、『Amex』のブラジル版を作り上げる覚悟でブレックスと社名を付けていて、これまで満たされてこなかった資金・決済ニーズをかなえているんだ」、という返答を得るばかりだった。
これはシリコンバレー特有の、資本力を生かしたパワープレーが実際に社会を変えてしまうタイプなのかな、と捉えていた。