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 キャッシュレス化が社会の重要課題となり、政府として40%のキャッシュレス決済比率を目指すというKPI(重要業績指標)を掲げてから3年の月日が流れた。その過程で、消費増税に伴う還元や巨大IT企業による加盟店開拓など、広報効果のある様々なイベントがあり、今に至っている。

 ところが、こうした動きと関連して「普通の人にとって現金の在り方はどうなるのか」という議論はあまりなされていないように感じている。世の中やメディアの関心は、日常的なお金の使われ方ではなく、キャッシュレスで用いられるツールに向かう傾向があり、個々の決済事業者における動静や決済ネットワークの行く末といったところばかりに注目が集まりがちだ。

 5年後、10年後、我々が現金の代わりに手にしているのは何だろうか。日本には、高い銀行口座普及率を誇る一方で、銀行口座やそのネットワークの維持運用にかかる費用も高いという現実がある。この前提に立つと、頻度の多いお金の移動については、できるだけ銀行口座間の取引から離れたループの中で完結することが望ましい。具体的には銀行口座から電子マネーをチャージして現金の代わりに決済や送金で利用していくことが、やはり王道ではないだろうか。

 この議論を持ち出す際、常にトピックに上がるのが決済プラットフォームの林立だ。相互にお金を移せるようにするインターオペラビリティー(相互運用性)をいかに確保するかという問題が常につきまとう。確かに、手元の財布に入っている電子マネーを眺めてみてほしい。片方から片方に残高を移す方法は、基本的には存在しないのが現状である。

 政策的な側面では、定石のようにインターオペラビリティーは「必要だ」とされる。だがビジネスの観点からは、電子マネー事業者が自主的に進める理由を見いだすのはかなり難しい。例えば多くの加盟店を開拓している電子マネーAと、まだ少ない店舗でしか使えない電子マネーBの間で相互開放した場合、BからAに残高が移されるようになるのは想像に難くない。一方、規模が大きい側の電子マネーAにとっても、多少の利便性向上(Bでのみ使える店舗にAの残高を使える)のために対応する必要性は限定的。自社での加盟店開拓費用の回収を考慮すればなおさらだ。

 さらに、お金を利用する場を提供する小売業が電子マネーを提供していることも多い。その場合、そもそも自社で得られていたはずの売り上げを、相互開放によって他社に奪われてしまう感覚になるのも事実だ。日本における電子マネーのなかでも、制度上は軽い位置づけにある「前払式支払手段」は、法律の趣旨と必ずしもイコールではないが、「先だっての売り上げ」とも表現できる。