オハイオ州セネカ郡にあるアッティカ村は、ほとんどが白人により構成される1000人未満の小さな村である。同村の中心部、といっても唯一といえる交差点には、格調ある2階建ての建物があり、創立143年を数える銀行が居を構えている。
19世紀の米国では、銀行のない多くの地域で、有力な事業家や弁護士が市民の資産を預かり、保有する金庫やニューヨークの銀行口座で管理することが一般的だった。弁護士レスター・サットン氏もその1人であり、近隣住民の資産を預かっていたが、1877年に銀行を設立した。その名もサットン・バンク(Sutton Bank)。以来、同行は、小規模ではあるが地域の資産を預かる重要な場所となった。現在の預かり資産は約12億ドル(約1400億円)だ。
単なる地域金融機関の1つにみえるかもしれない。だが、米国における存在感は全く異なる。サットン・バンクは米国のFinTech市場における、重要なBaaS(Banking as a Service)基盤の担い手なのだ。経費処理大手の米エクスペンシファイ(Expensify)が発行するクレジットカードや英国の著名なチャレンジャーバンクである英モンゾ(Monzo)の米国事業におけるパートナー銀行、カード決済大手スクエア(Square)が発行する加盟店向け事業用口座の提供といった、巨大プレーヤーの銀行機能を支えている。
モンゾの米国事業サイトを見ても、多くの利用者は同社が自ら銀行免許を取得してサービス展開をしていると理解するだろう。このように透明化した金融機関がBaaSを提供し、ネオバンクがあたかも自らのブランドで口座を手掛ける座組みは、米国ではもはや当たり前の光景になった。
実はFinTechの時代が到来する前から、同じような座組みはクレジットカードの文脈で存在してきた。米国では、クレジットカードの多くが銀行によって発行されている。だが、実際にそのカードは異なるブランドとして認知されていることが多い。
筆者は10年前に留学をしていた際、米国で発行されている日本の航空マイレージ系カードを利用していた。ところが、その発行会社が米国の地方銀行であるファースト・ナショナル・バンク・オブ・オマハ(FNBO)という筆者の生活とは無縁の銀行だったことは、2年間の留学の最後になるまで気づかなかった。そして、同カードの引き落としサイトに向けて、米国の別の生活口座からの引き落としを実行していた。FNBOは、買掛金支払自動化の最大手である米ビルドットコム(Bill.com)の支払い機能も提供しているプレーヤーでもある。
BaaSの実績があることにすら気づけない
BaaS基盤を提供する事例を俯瞰(ふかん)してみると、そこには「大手ではない」という以外にあまり共通点がないことに気づかされる。企業向けクレジットカードの最右翼である米ブレックス(Brex)の裏側を担う米エミグラント・バンク(Emigrant Bank)や先述のサットン・バンクは本当にただの地域金融機関であり、BaaSを利用しているFinTech企業側の説明を探さなければ、このような実績があることにすら気づけない。
もう少し特色があって分かりやすい例としては、米メタバンク(MetaBank)や米ザ・バンコープ(The Bancorp)というプレーヤーもいるが、これらの企業群が例えば大手システムインテグレーターやハイテク企業のような色彩を放っているかというと、そうでもない。それぞれの銀行のサイトを観察しても、利用者向けのありふれた銀行サービスに関する説明だけが記載されており、およそ金融イノベーションの担い手であることは感じさせないものであることが多い。